第11話 「我が純愛の妹を前に」 5
「ゆぅ、ぅず……と……ぉ」
「よつばっ‼‼」
僕は叫んだ。
距離は推定2メートル。
別に声が届かないほど遠いわけではない、いや——
「ゆ、ずと……」
目が覚めた四葉がそこに居る。
「よ……つ、ば……ぁ」
——むしろ、声色も表情の機微すらも分かってしまうくらいに近い距離のはずなのに、僕には彼方果てのように感じてしまった。
薄緑色のベットで苦しそうに横になっている彼女を見て、どうにも近づける気がしなかった。
『僕は、四葉に寄り添っていいのだろうか?』
そんな途方もない疑問が心の奥底に眠っていた。
「洞野兄っ、ほら、こっちきてやれ」
部長の声にも反応できそうにない。
だって、脚が動かない。
——僕はあの日、決めたんじゃなかったのか。
——君との複雑な関係を断ち切ってでも、義妹の気持ちに真剣に向き合おうと思ったんじゃなかったのか。
君が木の下で涙を流していたときの気持ちは……。
それを真剣に考えていたときの気持ちは……。
そして、出した結論を——僕は捨てちゃったのか?
「おい、どうしたっ?」
「ぁ……」
「あ?」
「ぁ……ぇ」
「あ……ど、どうした洞野兄?」
先輩の前で固まった脚は微塵も動こうとしなかった。
「よ……ぅ、ば」
「ゆ、ずと?」
息を飲んだ。
そして、そして、そして。
「——ごめんっ‼‼」
想いが弾けた。
表面張力のようにへばりついていた心のさびが爆発した。
——君の声があまりにも、あまりにも。
——まるで、言葉が引き出されていくかのように。
「——僕、裏切って……よつ、いや——お前、お前のことがこんなにも好きだったのに、あんなことっ‼‼」
「——ぃぇ」
小さな言葉を遮って、僕は続けた。
「——あの約束も、あの時に決めたとこともっ、全部、全部!」
裏切ってしまった罪悪感に。
「——なんで、なんであんなことっ、最初から、決めていたのにっ‼」
椎奈にだって期待させたのに。
「——僕がっ、全部!」
すべて、僕の傲慢な考えがもたらした行いだったんだ。
「——やめて、ください」
すると、天からのお告げが聞こえた。
そんな気がした。
まるで天使の様な声が耳元で。
愛しくて、聞きなれた僕の好きな声が耳元で。
そして、俯いて流れた涙がカーペットにこびり付いていたのが見えて——次の瞬間には四葉が映っていた。
「悪く——なんて、ない」
「……え」
「ゆ、ずとは良い人だから、それに、あの本すっごくいい話だったし」
「そ、それは」
「あの雰囲気を壊しちゃう方がひどいもんっ、あれくらい普通ですよ……」
ニコッとはにかむ四葉がそこにはいた。
最高の笑顔を僕に向けていて、部長にだってきっと見えてはいない。
「でも、四葉のことを裏切って……」
「……約束、覚えてたんです、ね?」
「そりゃあ、四葉との思い出だし」
「それだけで、四葉は嬉しい……」
「——だめ、だめだよっ、それだけじゃ絶対」
「そんなことないんです、よ……」
「でも……」
「あんなことがあって——四葉もすっごく辛かったんだけどね、それでも、なんか——ゆずとも、ゆずとだってこんな状況に、いるんだって、思えばね……んと、ね、四葉も頑張ろうって思えたし……」
零れ落ちた涙を上書きするように、それはしたたり落ちる。
「それに——すっごく、す——っごく大好きなゆずとが、こうして目の前にいるって言うことがどれだけ幸せなのかってことも、もう分かったの」
「そ、んなぁ……」
「だから、ね?」
「っ——」
「だからぁ——泣かないで、くださっい、よぉ……」
その瞬間、彼女の頬にそれは流れた。
「ない、てるよ」
「泣いてません……」
「まさか……見えてる」
「——っへへ、こんなの水です」
「なわけ……」
「えへへ……」
彼女の小さな手をひとしきり握っていると四葉は揺らめいた。
「よ、よつばだって、いえなk——っこほ、こほん……」
「大丈夫っ」
「え、えへへ……ちょっとふらふら、するぅ……」
足元がおぼつかない四葉の手を掴んだ。
部長がにやっとしているのが見えたがここは無視しておこうと思う。
「あ、あのね……」
「うん」
もったいぶっているのか、四葉は唇を結びかけている。
「……や、やっぱ、恥ずかしい、よぉ……」
——でも、そんなことすら言えずに頬を赤くした四葉が凄く可愛くて、凄く愛しく見えたのは僕だけの秘密にしたいな。
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