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第九話 「第一次奪取戦争」 16


 二時間が経過した。


 結果から言えば正直、僕の勉強にはならなかった。予定では今日中に現社を詰めていくつもりではあったが、ほとんどが日曜日に持ち越しになってしまいそうな状況だ。勉強会と呈していたくせに何もできないとは本当にコスパが悪い。


「んでさ、結局分かってる感じなの、この問題?」僕が指して言ったが四葉はげんなりとした顔で首を横に振る。


「……はぁ、やっぱりか……」


「——そういう柚人は終わったの?」


「終わった——って言いたいけど、ん、なんでそんなこと聞くのかな、かなかなァ?」


「わ、わわわかった、ごめんごめん……私たちのせいで時間とらせてごめんよぉ」


「はぁ、椎奈と四葉にとっては良い時間になったかもしれないけど僕にとってはただの仕事だよ、結局何やってたのか分からないし、やりたい事なんて一ミリも出来てないからね」


「か、かろうじて……0.1ミリくらい⁇」


「——おい、そのシャーペンへし折るぞ?」


「だめ、だめってああ! やめて、ああうばっわないっで‼‼」


「くそぉ、これか、これを折ればいいんだな! 僕は解放されるんだな!」


「ごめんって、やめ、ああやめって、くっあ、ちょ、ちょっと‼‼」


 調子に乗りがちな彼女、急な性格の変わりように僕も全くなれないが原因は何となく分かる。


 きっと、あの先輩だ。

 

 一週間もあのドSなひん曲がっている先輩の元で部活してたならこうなっても何ら問題はない。


「——二人の力、おそるべし」


 バキッ。


 あの曲がりに曲がった先輩方に敬服を込めて、僕は手に持った白のシャーペンを見事にへし折った。


「あ、ちょっとおれ……ぎゃあああああああ‼‼」


「うるさい」


「ぺ、ぺんがぁ、私のぺんがぁ……」


「椎奈のせいだ、僕にばっかりやらせないでくれ」


 さすがにやり過ぎたために月曜日に新しいのを買ったのはまた後の話だが、この時の苛立ちと言ったらもう溶岩よりも熱く煮えたぎっていたからしょうがないだろう……。



 それからも出来ない四葉の勉強を見つつ、先程までの質問ラッシュは嘘だったかのように自分で頑張る椎奈の隣で僕は僕で暗記を繰り返す。


「はぁ……ゆずとぉ、できないですよぉ」


「できるって、この公式と式の置き換え使えば……ほらっ、できるしょ?」


「——そのひらめき……出来たら苦労しませんよ‼」


「何回もやって覚えればこのくらい出てくるって」


 当たり前のように呟けば、四葉はギッと睨んできた。


「な、なんだよ」


「そんなひらめきなんて絶対無理ですっ、それに今からやっても間に合わないって‼‼」


 さっきまでぺこぺこしていた四葉の今日初めての反論だったが、内容に関しては僕も言いたいことがある。


「じゃあ言わせてもらうけど、僕にも四葉が何でそんなに国語ができるのかを知りたいよ‼‼」


「国語はだって、答えあるじゃん……数学とかはないし」


「にしてもだ、その洞察力をこっちでも使えばもっとできるだろ?」


 我が義妹、僕の幼馴染でもある彼女の成績は決してよくない。序盤でも言ったように彼女は国語以外の科目が点でダメな典型的な文系学生だ。まあ文系なら社会も英語もできるだろうと思われがちだが、彼女の場合は国語。さらに区分けするなら国語の中でも現代文の問題しかできない。


 ——ただ、僕から見てすごいと思えるのは普通に国語が得意であるとかではなく、その——現代文のテストだけは毎回満点を取ってくるということだ。ここまで行くともはや小説を書きだしたほうがいいと思うのだが、四葉は「読みたいだけです」と否定する。世の言う、才能の無駄遣いというのはこういうことだろう。


「数学だけじゃないよね、こういうのって」


「なんだ、椎奈もなのか?」


「うぅん、どっちかというと英語とかの方が苦手かな、だって外国の本なんて今どき翻訳されてるし」


「そこかよ……じゃあ国語は?」


「国語? まあまあかな、四葉ちゃんには及ばないけどできなくはないよ~」


「そうか、まあどうでもいいんだやるぞーー」


「ぎゅえぇぇ~~」


 四葉は机に顔をうずめたが無理やり引っこ抜いてやった。まったくなぁ、とため息は漏れそうになるが、実は三森さんからも学力の向上を頼まれているためにどうしようもできない。


「にゃあぁぁ~~いやです~~」


「はいはい、やるぞ~~」


「にゃーーーーーー‼‼」


 隣で鼻血を出す椎奈を無視して、僕はそこから数時間を四葉のために費やした。




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