第四話 「友達なんだけどうざい1」
四葉のことが心配だが、それ以上にクラスのことも心配かもしれない。
そう思いながら、僕は彼女の右側を歩いて、玄関の向こうの大きなホールに張られたその紙に目を向ける。
「おお、やった!!」
「え、私、いっちーと同じクラス!?」
「いえーーい、またやん!」
「うえええ!」
「またお前とか!!」
有象無象の生徒が再会や同クラスに歓喜する中、その端の方で僕と四葉と先輩がちょこんと立っていた。
周りの生徒の熱意が激しい、勿論、僕もこのクラス替えに賭けていることはあるが最悪どうにでもなるだろうという、ものの考え方でいる。友達の少ない僕には、そこまで失うものはないからな。
「あの、ゆず、と、見えますか?」
「えっとー」
右下に視線を送ると、彼女が徐に丸眼鏡を取り出していた。
そう、こいつは意外に目が悪い。読書が趣味なために視力を失ってしまうのは世の道理であるが、案外眼鏡も似合うため、そんな姿も悪くはない。
読書ありがとう、光ありがとう。
「えっと、一組、二組……」
「柚人は、前何組だっけ?」
「え、あ~たしか三組?」
「よんちゃんは?」
「五組、です」
「へぇ、離れてるのね。いつも一緒に部室に入ってくるものだから同じだと思ってたわ」
はあ、と一息して僕は呆れた声で言った。
「——先輩それ三回くらい聞きました、アルツハイマー?」
「え、うそ、まじ?」
「まじです」
ニコニコと少しだけゆがんだ笑顔を僕に見せ、もう一度大きな紙を見上げる。
少しだけの願いを込めて、上から下へ視線を移していくとようやくその四文字が見えてきた。
「洞野柚人、六組……」
「四葉は……?」
「ああ、えっとなあ……お、同じだ! 六組だぞ」
「おー、よかったね、よんちゃん!」
「……」
明らかに頬が朱に染まっている。無表情に近いその顔も案外、嘘なのかもしれない。
クラスも分かったところで、先輩に肩を揺らされて柔らかくなっている彼女の手を握って僕は階段へ向かう。
「あ、先輩、じゃあ放課後」
「えぇ~~まだぁ~~」
「先輩もクラス替えじゃないすか、しっかり見てこないと」
「心配してんのか、兄弟? 全く可愛い奴だな!」
肩を組んでくる先輩は気づいているのだろうか。大きな胸が僕の脇腹にしっかり当たっていることを。まったく、いくら男に興味ないからってこんなことをしないでほしい。僕も男なんだよ。
「ばかじゃないすか、そんなわけないじゃないすか、馬鹿にしてるんすか?」
「いやぁ、そんな言わなくても……」
「——まあ、僕たち行くんで、じゃあ」
しょんぼりとした背中を見せる先輩、そんな悲しみの背中を片隅に入れながら僕たち二人は階段を上っていく。
「よし、いくぞ?」
「うん」
僕が引き戸に手を掛けた瞬間。
引き戸が凄まじい速さで開いたとともに、僕の腕が千切れる勢いで僕自身が廊下へ吹っ飛んでいた。
「ッがああああ⁉」
激しさそのもの、宙に舞うときの四葉の表情の微妙な機微すら察知してしまえるほどに周りの時間を錯覚させていた。
「っごめ、⁉」
「いってぇ……」
視界が揺さぶれる中、こちらへ寄ってくる四葉ともう一人がぼやけて見えている。誰だろう、妙にあたふたとしているが、肝心な顔がぼやけて断定できない。
「あぁ、やばいよ、どうしよ……」
「柚人! 大丈夫っ?」
「う、ああ、だいじょ——」
――――――――――――――――――――――――――――――――☆
「……知らない天井」
気が付けば、そんな景色が僕の視界に広がっていた。
目線を逸らしてみると、周囲には取り囲むような白い布が見えてくる。僕は誘拐でもされたのか、なんて要らない妄想を抱きながら記憶を駆け巡る。
いや,おそらく保健室か……にしてもどうしてここにいるのだろうか……疑問を拭うために思い出そうとすると、うっすらと情景が浮かんでくる。
僕は、確か教室に入ろうとして……そうか、確かあの時、急に扉が開いて……。
「っ⁉」
答えを導き出した途端に頭が痛む。
「あ、あの……だ、だいじょうぶ、ですか?」
すると、知らない声がした。
高校生にしては大人で、そして優しそう。母親のような安心感のある声が僕の鼓膜を刺激させる。筋肉は緩み、さきほどまでの緊張が夢かのように解れていく。
「……そ、の。大丈夫、です、か?」
逆。
むしろ、彼女の方が緊張している。瞼を開け、揺れる視界で彼女の声のする方角へ顔を向ける。
漆黒色のロングヘア―は垂れて、お洒落さが滲み出る丸眼鏡の奥にある薄緑の瞳は微かに光っている。青色のリボンに、特徴的なチェック柄のかわいらしい制服に身を纏い、手首にはミサンガを捲いている。いかにも女子高生がスカートを握締め、こちらを見ていた。
「あ、ああ、大丈夫」
「よかったぁ……」
大袈裟に安どした彼女、直ぐに咳払いをしてもう一度口を開く。
「私は、その、多分同じクラスの西島咲。ほんとに、さっきはごめんなさい! 私お腹痛くて、扉思いっきり開けたらすごい音がして、凄くびっくりして……」
「あ、ああ、まあ大丈夫だ……」
「ほんとに?」
「うん、西島こそ大丈夫なのか、その、手とか?」
「手?」
「ああ」
「うーーんと……大丈夫っ!」
「ほんとか?」
「まっ——えっと、ちょっと赤くなっただけだよ」
「見せてみ」
「わ、私は全然」
そう言って彼女と手を見ると、確かに赤くなっていた。
「まぁ、大丈夫そうか……」
「うん、私なんかより君の方が……」
その瞬間だった。
僕の左腕に激痛が走った。
「っあああ‼‼」
「っ⁉」
飛び跳ねた彼女に目を向けている場合ではなく、逆鱗の如く暴れる痛みに僕は悶えることしかできなかった。
「え、ええ、だだだ、だいじょうぶ!?」
「なんか、急に第二波が……いっ!」
「ああ、そのまた……」
「大丈夫だよ、これくっらい」
「あ、ほら! ……ご、ごめん」
その気はないが彼女は俯いていしまう。
「あ、いや、別にそういう意味じゃなくて‼‼」
「捻挫……、ほんとごめんね、新学期に」
「そんな気に病むなって、大丈夫。僕は大丈夫だから」
「……なら、よかったけど」
「——あはは、気にするなほんとに」
「じゃあ、そうさせてもらいますっ」
「おう!」
「えっと……もう少し休む?」
「ああ~~どうしようかな、あ」
「ん?」
「今、何時?」
「んっと……」
左腕を顔に近づけて、腕時計を確認する彼女は急に黙り込む。
だが、微かに上下した眉毛を僕は見逃さない。
「……」
「どうした?」
「……あ、うん」
「だから、どうした?」
「一時間目始まってるん、だ、よね」
そこからというのは、焦りと羞恥のオンパレード。恥ずかしさ全開のアトラクション混雑に時間待ちの夢の国優勝プレイが目の前に広がっていくのみとなった。
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