第九話 「第一次奪取戦争」 13
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四葉の胸に潜り込む椎奈を見て、何とも——思いたくはなかった。胸の内にほんの一瞬だけうずめいた悪い気持ち……いや、これ以上言うとこれからの人生の足枷になりそうだから勿論言わないがとりあえず、小さな胸を目一杯張って大きく見せる姿はとても可愛らしかった。
「し、椎奈ちゃん……」
「っう、っぐ、ぐうぅぅ……っ」
「あ、えっとー、っえ、ん」
全く状況がつかめない四葉は魚のように口をパクパクさせている。いや、僕も良く分からないのだが、真面目に。
そんなに四葉の胸の弾力がいいの——っと失礼、今のなしで。
「ど、どうしたの、椎奈ちゃん?」
「え、うん、ええと、ね、もう可愛くて、つい」
「か、可愛いのはうれ、嬉しいけど……ちょっと怖い」
「こわい?」
「だって、詩音先輩みたいで……」
「??」
すると、教えてと言わんばかりの目つきで僕を睨んだ椎奈。今もなお抱き着き縋りながらそんな目をしても教える気にはならないが、どうやら四葉は自分の口からは言いたくはないらしい。
「え、僕?」
「ん」
すんと頷く椎奈、ため息をついて僕は答える。
「詩音先輩が四葉のことを好きなんだ」
「え?」
「お?」
「か……じゃなくて! それほんとなの?」
いったい椎奈はこんな風にハイテンションで話す人だったかと疑問を抱きながら、僕は「そうだ」と軽くあしらう。
「……そうなの?」
自分よりも背が低い相手の胸の中で見上げながら疑問顔で聞きなおす。
近い位置から見受けられる椎奈の顔と、茶色な瞳に照れて頬を朱に染める四葉。
百合——そんな、僕とは全く次元のジャンルのはずだったものが今そこにある気がしてならない。
「うん……」
反射、もはやその領域だった。
頬を赤くして不安げに言う四葉の言葉を聞いたかと思えば、バッとこちらへ向き直る。髪の毛すべてが抜け落ちてしまうくらい(比喩だよ!!)の脊髄反射の如き速さで僕と睨めっこの状態にもってきた。
「ど、どうした?」
「……」
一つのテーブルを綺麗に囲むようにして座る僕たち。
僕から見て右側のいっぺんに座る四葉の無言はさておき、いつもは見せないだろう清楚系な椎奈の表情はそんなキャラ付けをぶち壊すほどに歪んでいる。
「だから」
「いや、なに」
「……」
「いや、だから」
「だからなんだよ?」
「よ——じゃなくて、勉強するわよ」
「おい」
「なによ」
「……」
「急にどうした?」
「べつに、何でもないわよ」
「そんなことないだろ?」
僕が問いただせば問いただすほど四葉の顔を覗ぐ椎奈、どんどんと顔が赤くなっていく。
「う……」
「う、じゃない、急にどうした?」
「……った」
「なに?」
「……だった」
「なんだって?」
「……いやだった!」
「え、うん、なにがさ?」
「……」
「なんでまたそっち向く?」と僕が訊いても数秒間、彼女は黙り続ける。
「だって、前にさ勧められたラノベ読んだときに、女子同士がいちゃつくシーンが
あったんだけど……それが」
「それが……?」
「見てて嫌だったの」そして彼女は続けて「それに、先輩が四葉ちゃんに絡みつくところ見てすごく、というか……なんか、嫌だったし……」
「ほう」と頷くと。
「私、百合って好きじゃないって思ってたのに、じ、じぶんがそうなっていたというか、なんというか……」
「まあ、先輩よりはひどくないから安心しろ」
「そこじゃないでしょ」
「いやいや、あの先輩はまず何回振られてもどつきまわしてくるただの変態だし、そこで立ち止まった椎奈は十分だと思うぞ?」
しかし、僕が思っていたこと以上にそれは深刻だったようで。
まったくもって物語というのは分からないところから押し寄せてくる。
「ところでさ、二人っていつから名前にちゃん付けで呼んでたの?」
「いや、まあ、ラインで……」
「ラインです……」
自然の摂理と同じように、前触れもなく四葉はすぐに口に出した。
「えと……それよりも、その……さっきのは——告白ですか……?」
「「え?」」
「ええええええええええええええええええええええええ⁉⁉⁉」
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