第九話 「第一次奪取戦争」 9
一昔前、まあつまり僕が両親の離婚で病んでいた時期にこんな論文を見つけたことがある。
『人生最高の論文(水着と下着の違い篇)』
見た瞬間にはその名前に込められた意味が分からなかった。
どこの暇人がこんなにも変な研究をするのだろうかと——笑いよりも、当時苦しい渦中にいた僕の怒りが止めどなく込み上げてきていた。
その時の気持ちを言葉にしてみようとすれば、残るのは——憎悪。
——いいや、刹那の時間すらも残さない驚異的な煉獄。
とでも言っておこうか。
ん? お前のほうがふざけてるだろうって……?
心外も心外だ。
僕は今髪を洗い流して目に入った泡でイライラしてるだけだ。
とまあ、そんな混沌な状況下で昔見た変な論文は不思議にもどんどんと思い出すことが出来た。怒りすらあれど内容は計り知れないほどに面白かったのだろう。
書いた奴の精神年齢こそ疑ったが中身は簡潔としていて、書き出し、文章中の語り口調も読者の好奇心を煽ることでどんどんと飲み込んでいく、その技術は一流と言っても差し支えないほど完璧だった。
論文としての書き方はよく知らないが当時中学三年生、受験期真っただ中の僕には、なによりも病みかけておかしくなっていた僕の羽休めには最適な読み物だった。
始まりは確か、こうだった。
————皆さんは裸を知っているだろうか?
正直、訳が分からなかった。裸を知っているか?
質問の意味が分からない。異質且つ意味不明、この最初の問いに腹が立ったものの余計に先が気になってしまい読んでしまったのが始まりだ。
「がぁ……なんか下着で入ると気持ち悪いな……」
勝負の赤色、ウニクロの安価且つ高品質な愛用パンツに温水が滴り落ちる。
洗い流した泡も吸収し、白っぽい変な色に変わっていく。手触りが売りなパンツが手触り最悪に変わっていた。
「ていうか、僕も水着持ってくればよかったなぁ……四葉も本気で下着で入ろうとしてるのかな……」
すると、四葉の下着……あられもないポーズをしてこちらに朱地の表情を向ける彼女が頭に浮かびあ上がった。
「っ‼‼ ダメダメダメ‼‼ 今のなし‼‼‼」
さすがにヤバい、もう少しで疑似的なアレが見えてしまうところだった。想像とはいえ、義妹の裸を想像などしてはいけない……。
頭を揺さぶってなんとかあの光景を払拭しようと試みたが抵抗すればするほど僕の想像は膨らみ続けて、刻み込まれる。
人間、してはいけないことほどしたくなる原理。
この瞬間、僕はお坊さんたちの凄さを知ることとなった。
「——って、そんなのどうでもいいんだ。どちらにせよ、僕は今から十年ぶりの四葉の半裸を見るんだ、心を正常に保っていられるかさすがに心配が過ぎる……」
そう、いくら見たことがあるとはいえ。
あの頃はまだ性欲など抱いていない純粋無垢な子供。今では年も体つきも、性格だってなおさら違いすぎる。そんなあからさまなブランクに余裕を抱けるほど僕は冷静じゃない。
がさ、どた、ぱた。
シャワーを止めて、洗顔をし始めた時だった。
「ゆずとぉ……準備できましたぁ」
「っぐ⁉」
思わず、口を開けてしまった。
耳を撫でた恥じらいの言葉に身体が反応してしまう。
「ぐ?」
口の中に入った泡をとろうとうがいをしていると。
ガラガラガラッ。
扉が開いた。
お風呂場特有の曇りガラスが横に流れて、扉が開く。
口に温水を含んだまま、その先を見てしまったのが運の尽き。
そこに立っていたのは、決して大きくない胸をふわりと覆った白色、下を隠すのは真っ白なリボンが控えめに飾られた純潔な下着……いいや、水着を着て頬を朱に染めた四葉だった。
「っぶ」
「ぶ?」
「っぶん、っぶぶふぉおおおおお‼‼」
刹那、僕の口からは温水が溢れ出した。
裸とは、生命の源であり、そして人類の根源。大昔に我々が捨てた裸には……すべての物事、言葉、心。そして、圧倒的なまでの何もかもがそこには秘められているのだ。
《《NO BARENESS NO LIFE.》》
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