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第八話 「救世主女たらし伝説」 12


 いやはや……烏目さんのテレ顔を見るのはなぜか分からないが好きである。


 可愛いというか、四葉にはないスゥッとしたクールな部分がそれをイイ感じに出しているからだ。いつもいつも自虐にもっていこうとする彼女を弄んでおかなければむしろ可哀想だろう。


「……ずるい」


「え? なにがだよ」


「その言い方はずるい……」


「あはは、別に揶揄からかっただけってー」


「それが……ってこと」


 窓のサッシの上で両腕をクロスして顔をうずめる彼女、スルッとこちらに視線を向けて、未だに朱に染めた頬が僕には見えていた。


「急に、変なこと言わないでよ……」


「変なことじゃないぞ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろぉ」


「恥ずかしいに決まってるよ、こんなの……」


 今度はムスッと頬を膨らませて窓の外を眺めていた。

 ——とまあ、僕の揶揄いは成功していたようだが、彼女が羞恥している姿を見ると先ほど言った台詞が少し気持ち悪く感じてきた。


 自虐に走ろうとする烏目さんを揶揄って……なだめる為に言ったつもりがここまで本気で捉えられるとは思ってはいなかったし、さすがに照れすぎだ。女子は可愛いと言いまくる生き物だから自分は言われ慣れているとどこかの記事で読んだがそれは嘘だったのだろうか? 




 ————なんて、虫が良過ぎる空想の話だった。




 現実は彼女が僕に声を掛けたところまで遡る。


 相も変わらず僕は疲弊していた。


 なぜなのかは明白過ぎて、逆に言葉が出てこない。やっぱり、僕には決められない。


 少し前——いいや、四葉が僕の妹になったところからだ。その答えはどうなろうとも僕は決めていた。必ずと言っていいほどの明確さも兼ね合わせて、僕は確実に決めていた。


 頭がぐらぐらする。


 首が切られている——なんて馬鹿みたいな冗談を言われても信じるくらいには頭がおかしくなっていた。彼女との子の関係でずっと悩んでいる。正直、家にいる間の感覚……というか僕たちの会話での雰囲気は少しだけ、かなりと言っても差し障りのないくらいには妙だった。


 昔なら、幼稚園の頃なら、小学校の頃ならもっとうまくやっていたはずだ。


 中学校の良い感じの時なんか、多少のギクシャクがあったにしろ今の様にはなっていないと思う。あの両親の離婚を経て————僕たちの間にあったはずの絆が、十数年間にわたって繰り広げられてきた物語の集大成は壊れたのだ。


 大好きだった母親を大嫌いになる、世界が180度変わった出来事。

 忌々しさが心臓を締め付けるように絡み合っている足を引きずる事件。


 もう小さくもない僕にはすべてが見えて、立ち直ることすらままならなかった最悪の悪夢。


 あの時に……あの事件の全貌を見て、僕は世界を垣間見た気がする。

 

「洞野君」


 窓のサッシで今も突っ伏した僕の隣には烏目椎奈がいた。


「烏目さん……」


「ずっと突っ伏して、なんかあったの?」


「——いや、別に……」


 彼女の見る目が少しだけ痛くてそっぽを向くと、小さなため息をついて彼女は言った。


「そんな真っ青な顔で、何もないわけないでしょ?」


「何もないよ」


「嘘~~、私にはわかるよ」


「……?」

 

 自信満々な顔でにやりと笑う烏目さんを見て、余計にイラついてしまった。言いたくなんてない、こんな身内過ぎて、複雑すぎて、こじれまくった話を彼女にしたくなんてない。こんなにも重い話をされた彼女に迷惑だ、絶対に。


「なんか、考え事してるんでしょ?」


 当たらずも遠からず。


 ただ、なぜか。


 僕にはそれが見透かされているような気がした。


「私もさ、いろいろあるしさ、一人でいる事が多いじゃん? だからするんだよね、人間観察。そしたらめっちゃ人の機微に気付けるようになっちゃって……ほんとに余計なこと知っちゃうから嫌なんだけどね、これは本当に……」


「僕もそう見えるのか?」


「ええ、もちろん」


「そうなのか……」


「そうよ、じゃなきゃ言ってないわ」


「はは、そうか、それもそうだ」


 少しだけ笑みを含んだ表情、僕には彼女の思うことがさっぱり分からない。

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