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第八話 「救世主女たらし伝説」 7


 思わず、知らぬ間に嗚咽すらも漏れ出していました。


 別に泣き出したいわけでもないし、今言うことすらも危ぶまれるこの台詞を口に出そうとしているし、こんなの完璧に泣く場面じゃないです。


 なんで、四葉は、四葉達はこんな風になっているのでしょうか。


 青春小説の告白シーンなんてもっと綺麗な気がするし、物語の終盤でしかいいませんし。本当に何をしようとしているのでしょうか。


 恥ずかしいです。

 悔しいです。

 恐れ多いです。

 

 四葉は妹です。

 柚人は兄です。


 こんな思いを口にしちゃいけませんよね。

 でも、四葉の口からは半分が出ていました。


「す——」


 やばい——!


 そんな風に思っても時すで遅く。


 ふわりと風に乗って鼻腔を刺激するマツの木の香りに身体少し驚いて、目が回り始めます。くらり、くらり、そしてもう一周。


 まったく、慣れないことをするからこうなってしまうのです。本当に馬鹿です。もともと馬鹿ですけれど、恋のせいでもう少しばかり馬鹿になっている気がします。


 ですが、その刹那でした。


「っ——」


 足が痺れます。


 ずっと座っていたので足が痺れて動きません。

 ぐぅっと力を抜いてしまうと、彼が四葉の右手を野菜を収穫するかのように優しく引っ張りました。


 すらっ——と起き上がる身体。急なことで驚いているのか、それとも物理的に動かないだけなのか分からないけれど四葉の脚はロボットの様な動きしかできませんでした。


 ガタガタッと震えて、まるで小鹿の様。


 幼児を扱うような優しい手つきで腕が取れないように小川の流れの如く引っ張られて、不意にふいた追い風が背中を押してくれました。短くしたスカートがひょんと浮き上がりますが、彼には全く見えていません。目の前には大きな背中、そんな男らしさに恥ずかしさなど消えていました。


 出しかけていた言葉も枯葉のように散ってどこかに儚く消えていき、閉じこもっていた小さな身体が外に飛び出す。


 気が付けば黙り込んでいました。

 

 またもや昔の情景が頭に浮かびあがりました。


『ねぇよつば! お池にザリガニにいたんだよ、だからっ一緒に見に行こぉ!』


『え、ええ~~こわぃよぉぉ』


『大丈夫だってぇ~~僕がついてるもん‼‼』


 はしゃいじゃって……。


 今とは全く違う様子です。服も身体も声も性格も好きも苦手も——思い出してみれば結構違っていたのですね。今のゆずとは虫すら触れないのに……でも、昔とは違ってそういうところが少し可愛かったりします。


 ただ、今と同じなところが一つあります。


 今も、昔も、四葉はずっと後ろにいて。

 なんか本当に兄妹みたいで、いっつも引っ張られて。

 兄の様な幼馴染が凄くかっこいいです。


「あ、のっ」


「んっ?」


 黙り込んでいた口を開いて、四葉は義兄おにいちゃんに伝えたかった言葉をまっすぐ口ずさんでいました。


「ねぇ、好きっ!」


「えっ? なんて⁉」


 告白の言葉すら気付かない兄を見て、にっこり微笑みました。



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