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第八話 「救世主女たらし伝説」 6



 彼が来ました。

 

 四葉の幼馴染にして、今の義兄、洞野柚人ほらのゆずとが四葉の目の前に堂々と立っていました。


 大きな体、なんかもっと小さかったような気がします。男の人ってやっぱりこのくらい大きいのでしょうか? そんな四葉の疑問は虚空へと逃げていきます。


 似合わないような恰好をして——いや、それは四葉が座っているからかもしれません。


 逆光に照らされたゆずとのシルエットはとても綺麗で妖艶に輝いていて————兄のその、細身にはないような、白羽の矢が立って目立ってしまいそうなくらいの男らしさを感じました。


 もはや末期です。


 この思いが、この気持ちがあるということは末期です。

 早く医者に駆けこまなきゃ死んでしまう。末期なら無理かもしれません。


 病名、恋煩い。


 多分、これが恋なのでしょう。


 恋に酔って、彼に酔って、何よりも自分の気持ちに酔っているからそうみえるのかもしれません。だって、かっこいいじゃないですか。


 初めて会った女の子にも普通に話せるし、四葉みたいに何もできない人じゃない。世話される側ではなく、人の面倒を、世話をできるような格好の良い男子です。


 この、みっともないような、木の下で独り泣いてしまうような四葉には持っていない素晴らしさと、それを顕著に表す魅力が彼にはあるのです。


 ああ、かっこいい。


 言葉は心の中で反復する。


 ああ、好き。


 重いが心の中で反復する。


 この気持ちは嘘なんかではない、四葉がこの十数年にわたって培ってきた彼への気持ち。


 もしかしたら、こんな思いを家族に抱いていいのではないか。いいやそれとも、こんな気持ちは家族には抱いてはいけないものなのか。区別が全くつきもしません。


 本当に良く分からなくて、本当に理解できなくて、本当に気持ち悪くて、本当に悲しくて、どうしても、どうしても溢れてくる思いに今にでもどうにかなってしまいそう。


 家族なのに、兄妹なのに、幼馴染なのに。


 二人で過ごしてきて、一緒に育ってきて、彼を好きになって。


 彼の好きな食べ物も、彼の嫌いな食べ物も、好みのタイプだって、好きな芸能人だって、好きな本だって、好きなシャープペンシルだって。数えきれない彼のことを四葉しっかり知っています。


 もう、最近ではない気がします。最近兄妹になったような気はしません。もっと前から、もっと、もっと最初から。


 彼が兄の様な頼れる男の子だと思っていました。


 むしろ、最初から本当の家族だった《《ような》》ものなのに。


 ふと、気が付くと……


 

「四葉が……むか、し、から……」



 いつの間にか、口は動いていた。


 ——いや違います。いつの間にかではなく、むしろ必至だったかのように、その気持ちに四葉のガラスの心が追い付いていなかっただけ。


 最初から分かっていたように、四葉の口は、もともとその言葉を、「好き」だという気持ちを、そんな四葉の本音を伝える準備をしていたのです。

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