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第八話 「救世主女たらし伝説」 5



 何の計画もなしに廊下を駆けてきたが、正直、彼女の居場所なんて知る由もなかった。トイレだと、由愛も先輩も言っていたが僕がトイレの中に入ることはできないし……ましてやトイレの場所もたくさんある。


 一階の文芸部室近くのトイレも一応あるにはあるが、あそこの女子トイレはすべて和式らしいので女子は使わないとうわさで聞いている。


 ん、いやまて、僕は断じて覗いてないからな、絶対に、見てないから知らないし、あくまで噂だけどな!


 とまあ、陸上部の冬練習の如く、校舎中の廊下を全力で駆けていた。


「っぁ、っはぁ、っはぁ……」


 そう言えば、部室に烏目さんを置いてきてしまった。まあ彼女なら大丈夫そうだし、少しびっくりしたこともあったけど……なんか、枢木先輩と通じてたし、多分大丈夫かな……?


『おお! お前、あの時の‼』


『あっ、そ、そのこんにちわ』


『なんだっけぇ~~、えっと名前は~~、から、から、から……からふるないなっ‼』


『……烏目、椎奈です』


 まあ、枢木先輩なら押しはちょっと強めだけど大丈夫そうだな。うん、いけるいける。


 三階まで上がり、教室棟から特別棟に移るとふと——足が止まった。


 窓へ近づき、下に注目して、瞼を細めてみると四葉が見えた。


 小さな小さな、まるで小鳥の様な彼女が——そこにいた。


「あんなとこで、なにしてんだ」


 そして、彼女は玄関を出たところの桜の木の下に普通に座っていた。


 足を伸ばして両手を芝につけて、空を見つめて感傷に浸っているようだった。まったく何を考えているのか、そんな想像をして、まずはなんて声を掛けるべきかと考えながらその場所まで向かっていった。





「おい」


「っ?」


 四葉は若干飛び跳ねた。


「ゆ、ゆずと……」


「どうしたんだよ、こんな場所で」


「別に、何も……」


「何もってこともないだろ」


 何となく分かっていた。

 僕は鈍感じゃない、だからこそ何となく分かる。


 泣きつかれたあとのうるんだ瞳を見ればそれも確実なのかもしれない。


 これは多分、嫉妬だ。


 僕が烏目さんと話すようになったから、それに対して嫉妬している。彼女が僕に好意を抱いているから不安なのだろう。


 でも、兄として。


 それを受け取っていいのか分からない。


 もしも、他の誰かに告白されたときに僕は何を言っていいのか分からない。

 本当に、どうすればいいのだろう。目の前で俯く彼女を見ると、心の中で心底そう思った。


「ごめんな、遅くなって」


「——なにが」


「いや、委員会で遅くなって」


「別に、大丈夫です」


「大丈夫じゃないだろ、だからこんn——」


「——大丈夫なんです。それに……その、ゆずとはもう知ってますよね、」


「知ってるって、何を……?」


 鈍感じゃないとか言っておいて僕はなぜしらを切っている?


 こんなことを言わせることも酷なのに……、だいたい、そんなことは、僕たちの関係が兄妹だからこそしてはいけない。やってはいけないのだ。愛はあっても、そのベクトルを間違えてはいけない。僕たちの関係は複雑で、許されないものなのに。


 ——なぜ、一番辛いことを言わせようとしているのだろう。


「四葉が……むか、し、から……」


 彼女は止まった。

 嗚咽を漏らす様にゆっくりと、それを見てもなお僕は呆然と立ち尽くす。


「——す」


 き、なのだろう。


 ああ、もちろん知っているとも。


 彼女は僕を、この僕のことを、おそらく……好いている。

 そんなことは数年前から————いや、小学生の頃から知っていた。


 だけれど、今。


 僕はその言葉を聞きたくなかった。


 今、この瞬間に聞いていいような軽い話じゃない。


 それが行く末は良いとは限らない。


 だって、僕たちは兄妹で、家族で……距離を間違えてはいけないんだ。


 もしも、そうなったとしても。


 多分、僕たちもあの母親のようになってしまうと、僕は感じている。簡単に裏切って、話もしないで先行して、行きついた先が僕の、そして四葉の不幸だったのだ。

 

 そんなことを見てもなお、僕はそんなことを続けたくはない。


 だから、家族でいたい。


 僕たちは家族、四葉は妹で、僕は兄なんだ。


 それにまだ、同棲を初めて一か月も経っていない。それなりに濃い一か月だったかもしれないけれどまだ時期尚早だと思う。


「——っ」


 僕は何も言わず、彼女の手を取った。

 引っ張って部室へ向かう。


 掴んだその手は抵抗もなく、僕の後ろをすらすらとついて来ているようだった。

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