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第六話 「真の同志は灯台下暗し」 5

「はぁーーぶっしょんっっ‼‼」


 突如、目の前にいた前沢誠也が身震いを始めた。


「……おい、かかるだろ」


「いやぁ……すまん」


「風邪なのか、どうした?」


「う~~ん、別に調子はいいんだけどなぁ」


「誰かが変態なお前の事でも噂したんだろ、良かったな非リアの四番」


「柚人……、なんだ俺が羨ましいのか?」


「ば、ばか! 別にお前が噂されてるか羨ましくて不機嫌なんじゃない、大体お前のくしゃみが僕の昼ごはんに入らないか心配なだけなんだよ」


「っな! 俺は子供じゃないぞ」


「子供は自分を大人扱いして欲しがるもんなんだよ」


 悔しそうに鼻をすする彼を視界の端で捉えつつ、僕は麺をすすった。


 この学校は札幌市内でも割と狭いため、学食の大きさも教室が三つ程度の大きさしかない。そんな小さな学食の人気メニューの一つ、それが今僕が食べているとろ玉柏天うどんである。


 讃岐産の腰のある太麺にとろとろふわふわの青森県上北地方原産の山芋に国産鶏肉を贅沢に天ぷらにして、上から熟成冷製たれをかけて出来上がった至福の一品。B級グルメだと侮ると目から鱗が落ちるほどに、この学校では知らない人はいないメニューである。


「お前……そんなんで足りるのか?」


「え、ああこれ?」


 気の抜けた表情で返した前沢が手にしていたのはコンビニのハムカツサンド。これもこれで美味しいのだが、健全な男子高校生が足りるような量ではない。


「金欠なんだよ」


「え、まじで?」


「ああ、まじ。もうそろお小遣いも尽きるしなぁ」


「へぇ~」


「おい、なんだよ、聞いといてそれかよ!」


 だって、興味ないからなぁ。


「へぇ~~」


「おい!!」


「なんだよ、うどんが美味しくなくなるんだよ」


「そんなんで美味しくなくなるなら、うどんもそこまでってことだな、所詮うどん」


「されどうどん、お前も食ったことあるからうまいことぐら……そっか、お前舌ないんだったな、ごめんよぉ……」


「やめろ、その虫を見るような憐みの目! 大体舌がないって何、それを言うなら味音痴だろ⁉」


「いやな、味音痴の上位互換探したらこうなった」


「グレードアップしすぎなんだよだいたい」


 そうごたくを並べながら昼食を平らげる僕と目の前の舌なし小僧は席を立とうとすると、奥の方でぞわぞわし始める。


 正直関係ないし、興味も抱かなかったのでそのまま帰ろうとすると舌なし小僧は僕の制服の袖を引っ張った。


「っ!」


「おい」


「って危ねえだろ! 考えろ!」


「ああすまん——じゃなくて、ほらあっち」


「いいって、めんどいし帰るぞ」


 指をさす方向へは目を向けず再び歩みを再開させようとすると。


「あれ、柚人の妹と西島じゃないか?」


「え……」


「なんか二人とも元気に話してるぞ」


 彼の言う通り二人は笑顔……ではなかった口を閉めずに長々と話をしていた。それも、西島がたびたび暴れるものだから視線の連射が止まらない。


「西島ってあんなやつだったか?」


「え……?」


「だって、僕とぶつかったときはあんな感じじゃなかっただろ?」


「確かにな、あいつは変わったよ」


「そうなのか……っえ?」


 不意打ちだった。

 いかにもな顔で、知っているかの口ぶりで、奥を見据えた真面目な表情で前沢は僕に答えた。


「ああ、そういえば言ってなかったけど——あいつとは中学校が同じなんだよ」


 前沢の口調はとても辛辣だった。

 苦しいというか、嘆きというか、僕に語り掛けるような彼の瞳は少しだけ曇っていた。


「まじか」


「ああ……まあな」


 空気が重くなる。


 ずっしりと僕にのしかかる話の重さが彼の心情を表しているかのようで、僕には理解できかねないものだった。

 

「それで、そんな表情するんだしなんかあるんだろ……彼女?」


「なんか……か、でも、そんな簡単な話じゃないよ」


「それなら、こんな立ち話じゃなくて、また今度だな」


「おう、そうしてくれると嬉しいよ……」


 彼の何とも言えない悲しい表情、心は痛む。無論、僕だって辛い経験はあったし、それを何とか耐えて、壊して、最後には越えて、この道を歩んできたと思う。でも、同級生のことでそこまで悩んだことは四葉くらい親しくならないとない。彼のように、中学生からの関係ではそこまで至らない。

 

 トレイを回収口に運びながら思案していると、急かす様に昼休み終了のチャイムが鳴った。



 ——————————————————☆☆☆



 いつも通り、それこそいつも通りの授業が終わる。


 午後の授業は苦手で嫌いな国語科目だった。古典と現代文、この国語科目のダブルアタックが僕のハートに炸裂した。これはもうクリティカルヒット、攻撃力3倍、そして貫通の効果発動。


 僕の心に大きな穴がぽっかりと開く。


「ぐはぁああああ!」


「おいおい、大丈夫か?」


 机に僕が突っ伏すと、前側からよく知る男の声がする。


「ああ、まあな」


「柚人って現代文嫌いなのか……苦手なの?」


「いや、苦手ってわけでもないけど……まあ正直言うと苦手かもしれないし、ましては好きではないな」


「好きではない——そんな回りくどい言い方せんでも先生はもういないぞ?」


「……じゃあ嫌いだ、クソくらえだ‼‼」


「先生居るぞ」


「へ?」


 彼がそう言うと、目の前には鼻息を闘牛の如く鳴らした現代文の先生が立っていた。


「君はぁ、洞野柚人くんだね?」


 圧倒的なオーラに、僕は狂気を感じ腰が抜ける。


 するりと落ちた僕の体には目も向けず、下へと落ちていく僕の瞳をその爽やかかな言葉とは裏腹に睨めつける。瞳を合わせて感じてくるのは、恐怖と狂気、その二つだけだった。


「は、ひゃい‼‼」


 鬼のような形相に怯んでしまい、変な声を出してしまう。すると、彼の怒りはさらに上昇する。


「君は……授業態度0点に、しとくとしよう」


「へ?」


 世にも奇妙で、本当にあった怖い話が今ここに爆誕した。



「おいおいおいおい、あれひどすぎじゃねえか‼‼」


 怒りと焦りに震える僕を前に、前沢ともどもクラス中が笑いに更けていた。


「まあ柚人が悪いしなぁ、しょうがないしょうがない!」

「柚人~~どんまい!」

「洞野君、やっぱりやるわね」


「やってねえよ! お前らうるせえ‼‼」


 にやにやする皆に殺意すら覚えるが、問題はこいつ、前沢にある。先生がいることを素早く言っていたらまず、こんなことにならなかった。


「……おい前沢、なぜ言わなかった⁉」

「え?」

「え? じゃねえ‼‼ こちとら死活問題なんだよ、あれがなんだかんだ一番低い科目なんだから、もしも僕になんかあったらどうする⁉」

「柚人次第だな、あはは!」

「お前、ぶん殴るぞ?」

「ぎゃははははっ‼‼」


 僕が拳を構えると彼は席を立った。


「じゃ、また!」

「んなっ!」


 先ほどの緊張感は僕の中からは消えて、僕にとってはつまらない校内鬼ごっこが始まった。



 



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