第六話 「真の同志は灯台下暗し」 4
「胸……むねが何?」
二人だけの静けさを切り裂いて、巨乳泥棒猫は四葉に問を与えていく。正直に「大きな大きな胸を見てたら思わず声が出てました」なんて言えるわけもありません。
「……」
「え、胸になんかついてるかな?」
すると、彼女は急に自分の胸を揉み始めました。その瞬間、周りの視線がこちらに向かいます。とても大きな胸を持つ女子高生が制服の中に手を忍ばせて胸を触っている姿を見て、何とも思わない男子生徒がいないわけもないし、巨乳との敵対関係は一層高まるばかりだと自分の平らなそれを見て思いました。
「なん、でもない、です」
「……え、そうなの?」
「空耳ですっ」
「う~~ん、確かに聞こえた気がするんだけどなぁ」
「気のせいですっ!」
そんな男子たちの目線に気づかないこの巨乳変態魔も巨乳変態魔で、相当の鈍感。自分なら一瞬で気づきそうな小さな雰囲気の変りにも微動だにしない。これはこれですごい、もはや境地に達しているとすら思えてきます。
「気のせいです」
「何で二回……」
「なんでもないっです!」
「……わかったわよ、そこまで言われちゃあ」
彼女がようやく理解してくれたところで四葉は話を再開させると。
「それで、相談って言うのは何ですか?」
「あ、あっとね」
「……」
「好きな人がいるの!」
ばっ‼
驚きのあまり、変な擬音が聞こえた気がしました。周囲の人たちは一斉にこちらを向き、ぞわぞわと騒めきだす。女子は大好きなコイバナに耳を傾け、男子は若干おかしな目で期待するようにこちらを見ているようで。
そんな羞恥の目にさらされ、頬が紅潮していくのが手にとるように分かった気がします。
「ばば、ばかっ!」
「っぃて! な、なんで頭叩くのぉ~~?」
「う、うるさいの、よ!」
「へぇ~?」
気の抜けた返事に少々頭にきたが、その間に周りを見渡した彼女も状況を理解し始めると俯き、頬を赤くして悲しげに言いました。
「……え、あぁ、その」
「……もぅ、静かにしてください」
「ごめん」
「仕方ないです、いいですよ……」
そんな乙女そうな彼女を見て、四葉の気持ちも徐々にぞわぞわと犇めきだす。彼女がこんな調子じゃあ、一緒にいるこっちの気が滅入ってしまうのは必至です。
「っいいですから、それでっ、なんですか?」
「あ、あっとぉその、好きない人がいて……」
「早いですね」
「ま、まあねぇ」
「そ、っそんな恥ずかしそうにしないでください! こっちも辛いですっ!」
「うう、私だって……」
「そんなことより! それで、だれなんですか、その人は?」
「言いたくない」
ぼそっと呟く彼女にため息をついてしまったが正直自分が言えたことではないですし、四葉だって、好きという気持ちを彼に伝えられていないのも事実。
ん。
……ちょっと待ってださい。
そこで、四葉はあることに気が付きました。
彼女が好きだという人間——いやいや、気のせいだし! 不安に駆られた四葉はいったん聞いてみることにすると。
「この、この学校の、生徒なんですか?」
「っ⁉」
ギクッと震えた彼女、要するにこの学校の生徒であることは間違いない。
「同じクラス、ですか?」
「ひゃっ⁉」
あからさまな反応に笑う暇もなく、答えが頭の中に導き出される。問いは「西島咲の好きな人」で彼女の言動を用いて明確に説明せよという問題。
昔からなぜか国語だけはゆずくんにも勝っていたためか、心情を理解するのはとても得意なものでした。
そんな四葉だからこそ、答えはすぐに分かりました。
同じ学校、同じクラス。
登校初日によく絡んでいた相手と言えば、もう彼しかいない。
そう、彼しか。
四葉の義兄で、元幼馴染の洞野柚人ただ一人しか。
そう思った途端、こちらを覗く彼女に背筋がぞっとして、思わず身を振るう自分が心から見えた気がしました。
「どうした、の?」
今の今まで、好きという気持ちを伝えられなかった自分に彼と数日としか会ってない西島咲はもう好意を抱いていて、その気持ちを四葉に告げることもできる。自分の数倍以上の精神を持つ彼女。敵なんてレベルじゃない、もうそれは中ボス、いやラスボスかもしれないとも思います。
「え、いや」
変な風にあしらうと彼女はさらにはてなマークを増やしていく。
それと同時に、四葉は四葉で焦りの念が増えていく。
「こわい」
「え?」
「あっ……なんでもないです」
「こわ、い?」
「なな、なんでもないですっ‼‼」
「……もしかして、分かっちゃった?」
「……はい」
「あはは、バレちゃったか……これは仕方ないね」
唾を飲む。
彼女はすでに意を決していた。
「私ね——」
「……ん」
「——前沢くんのことが好きなのっ‼」
「え?」
彼女はそう言った。前沢……、あの……?
彼は四葉の因縁の相手。
なぜ?
私は単純にそう思いました。彼女があんな馬鹿を好きになるということが全く分からない。
すると、彼女はそんな四葉の疑問の一言に返す間もなく。
「だって! 可愛くないですかっ、私が殴ったらあんな風に笑顔で受け止めてくれて、私のことを言葉攻めしてくるなんてもう最高だし、洞野くんよりも体つき良くて筋肉ありそうだし背も高くて手も足もおっきくて、あんな体でおそわれたら私の体どうなっちゃうのかなぁって思っちゃうし、顔も結構カッコよくてタイプだし二重でスポーツ刈りでもう私の理想の人みたいなんだよ! ああ、あああ、もうどうしようかな最高だなぁ最高すぎるなぁもうヤバすぎてヤバすぎ————」
そんな言葉の羅列を、凄まじくそれでいて爽やかなるほどに語る、瞳にハートを浮かべた彼女を見て、聞いて、四葉は気づいてしまいました。
彼女はとてつもないほどの変態だということを。
そして、周りの視線が徐々に減っていく。あんなにも興味を示していた女子たちの瞳の色が虚ろになり、周囲の人がどんどんと席を立つことで、周りに変な円ができていきます。
「あ、ちょっと」
「それでそれでねっ! あれが————」
すかさず続ける彼女に四葉の入る隙間などなく、圧倒され続けることしかできませんでした。
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