逃がす訳にはいかない
走る男達の斜め後ろを飛びながら追い掛ける。
「おい、そっちのガキはリストに載ってなかっただろ」
「良いじゃねぇか。条件は満たしてるんだからよ」
(リスト?条件?
子供を片っ端から拐ってる訳じゃないのかな?)
例えば身代金目的だったらお金持ちの子が狙われたりする。
だが、電話も車も普及してないこの世界で、身代金目的の誘拐は何かしっくり来ない。受け渡しの時にあっさり捕まりそうだ。
(他に誘拐の目的……)
頑張れ、相方コレクションを毎日見ていた私の脳みそ!
(う~ん…………あ!)
「人身売買!」
「「!?」」
私の声に男達が振り返る。
しまった。声に出てしまっていた。
「誰か居やがる……」
「不味い。撒くぞ!」
『蜃気動』で透明になっているので私の姿は見えていないが、私が居る事は流石にバレたのだろう。男達が全速力で走り出す。
さっきの反応から見て、目的は人身売買で間違いない。
だとしたら尚更ここで逃がす訳にはいかない。
――――――
単純な速度なら大した事は無いのだが、見失わない様に追うのは大変だ。
『プロト』
「ちっ!またか」
二手に別れようとするのを『プロト』を出して防ぐ。
袋に入った子供に当たる可能性もある為、迂闊に攻撃は出来ないのがもどかしい。
せめて、誰かが手伝ってくれれば良いのだが、そう上手くはいかない。
「退けぇ!」
「痛っ、何すんだ!」
男は時々遭遇する通行人も押し退けて走り続ける。
通行人は文句こそ言うが、それ以上は気にせずにまた歩きだしてしまう。
子供が入っている麻袋が冒険者が使う物と同じなので、通行人には「ガラの悪い冒険者」程度にしか思われないのだ。
カムフラージュが上手い。仮に今、私が「そいつら誘拐犯です!」って言っても、通り過ぎるまでに反応してくれる人なんて居ないだろう。
それこそ、私の事を知っていて、正義感が強くて、頼りになる人でもなければ……
(そんな都合の良い人なんて…………居た!)
目の前の狭い路地には、ドーナツを幸せそうに頬張っているのは、先輩冒険者のマグマだ。
大男のマグマが持つとドーナツが異様に小さく見えるが、今はそんな事はどうでも良い。
「マグマ!そいつら捕まえて!」
私は『蜃気動』を解いて大声でマグマに叫ぶ。
「!?……任せろ!」
突然現れた空飛ぶ私に驚いた様子だが、走ってくる男達を認識すると、ドーナツを置いて直ぐに構えてくれた。
道を塞ぐ大きな図体は、長年冒険者としてやってきた風格を纏っている。
これなら捕まえられ――
「この新人潰しのマグマ様が――」
「邪魔だ!」
「ぶごぁ!」
鳩尾を殴られたマグマは一瞬で気絶させられた。
そうだ。マグマは頼りにはなるけど、めっちゃ弱いんだった。
だが今回は弱くても気絶してても、その巨体が役に立った。
「くそっ!」
マグマの横を通り抜けられず、男達の足が少しの間止まる。
そんなチャンスを逃す明ちゃんではない。
『この声よ届け』『クラップ!』
「「ぐあっ!」」
男達が思わず耳を抑えるが、咄嗟に動くには子供入りの袋は重すぎた。
思わず手を離してしまい、子供達が入った袋は地面に落下する。
このまま落ちたら怪我をしてしまう。
私は咄嗟に、上昇気流を作り衝撃を緩和する魔法を組み立てる。
『エアクッション!』
そう名付けた魔法が、子供達を安全に地面まで届ける。
作りは簡単な魔法である為、土壇場で魔法を作り上げるのもなんとか成功した。
『クラップ』の耳鳴りから復帰した誘拐犯が再び袋を持とうとするが、そんな事は絶対に許さない。
『プロト!』
空気の壁が袋と奴等を隔てる。
これで奴等は子供達に指一本触れられない。
「くそっ、ガキ如きに……」
「これ以上は不味い。一旦退くぞ」
マグマを踏み越えて向こうへと逃げていく誘拐犯達。
「待て!」
私も直ぐに追い掛けるが、角を曲がって抜けた先は人通りが多い大通りだった。
左右を見渡してもローブ姿の人影は無い。大通りに出る瞬間に脱いだのだろう。
そうなると顔も見ていない私には、これ以上追うのは無理だ。
捕まえられはしなかったが、子供は二人とも無事に救出出来た。
今はそれで良しとしよう。