安心して構わない
「いいか、危ない事はするな。
面倒事には関わるなよ」
「わかってるって、おとん」
「誰がおとんだ!」
いつも通りのこの調子である。
クラウスは心配し過ぎなんだから。
「でも、遅くても夜には帰ってこれるんでしょ?
それくらい大人しく出来るって」
クラウスが向かう場所も、街からそんなに離れていない。
そんな短時間で面倒事なんて、起こそうとしたって起きやしない。
「特に痴話喧嘩の仲裁は絶対にやめとけよ」
それは私が元の世界で殺された原因。
正確には痴話喧嘩自体が悪い訳ではないけれど、少なくとも縁起は悪い。
「わかってるって。
ほら、行ってらっしゃい!」
「……行ってくる」
明ちゃんだって少しは吹っ切れたし、クラウスも安心して良いのに。
クラウスを見送って、私は宿の部屋に戻った。
ベッドに腰掛け、今日の予定を考える。
久し振りに昼寝をするのも良いが、せっかく街に来てるのにそれは勿体無い。
「う~ん…………ZZzzz……」
……はっ!いかんいかん、危うく寝てしまう所だった。
このままベッドに居ても寝ちゃうから、取り敢えず外に出て散策しながら考えるか。
――――――
外に出て当てもなくブラついていると、広場に辿り着いた。
そこには多くの子供達と、領主夫人のソプラ様とお付きの騎士が居た。
ソプラ様は本を持って椅子に腰掛けている。
これが以前にアキナさんが言っていた読み聞かせ会だろうか。
「さぁ皆さん、そろそろ始めますよ。
今日は、私の一番のお気に入りの本を持ってきました!」
ソプラ様がそう言うと子供達は目を輝かせてワイワイと燥ぎだした。
「そんなに面白いのかなぁ……」
「すんごく面白いよ!」
無邪気な笑顔で伝えてくれる一人の子供。
私だってオタクの端くれ。面白いものは大好きだ。
子供達がそれだけ盛り上がれる話がどんなものか気になる。
「どうせ暇だし、一緒に聞いていこうかな」
私も子供達に混ざって体育座りで、ソプラ様の声に耳を傾ける。
「白金姫、始まり始まり。
ある所に、魔法の鏡を持つ恐ろしい魔女がおりました」
おっと、この話は何だか知っている気がするぞ?
……そうだ、白雪姫だ。
成る程、白雪姫ならば絵本の代表的なタイトルだからね。
子供達が気に入るのも頷けると言うもの。
「その魔女の何が恐ろしいって、強大な自尊心です」
…………ん?
「『鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰だい?』
ほら、これです。無機物を相手に己の承認欲求を満たそうとは、何とも醜い。さながら白鳥の子。いえ、成長したにも関わらず此の有り様とは……鳥類以下ですね」
「ストップストップ!」
「何かおかしな点でも有りましたか?」
さっぱりわからないと言う様に首を傾げるソプラ様。
お付きの騎士なんて剣の柄に手を掛けているが、それでも流石にツッコまずには居られない。
「いや、おかしいでしょ!
難しい言葉を使いすぎだし、当たりが強いのなんの。
私びっくりしちゃった。鳥類以下とか言われてる魔女なんて他に居ないよ。もう途中から読み手の感想だよ、読書感想文だよ!」
「ですが、私は本に書いてある事を読んだだけですし……」
いやいや、そんなまさか。
子供向けの本にそんな言葉が書いてある訳が――
「本当だ……」
衝撃。明ちゃん史上最大の衝撃。
絵はファンシーでイメージ通りなのに、文章がこれだ。そのギャップは凄まじい。
(……でも、別にそんな絵本を作るだけならば不可能じゃない。
問題は、これを子供達が楽しめるかと言う事で――)
「あたしね、このお話知ってるよ!
この後、魔女が――」
「しーっ。駄目ですよ、初めて聞く子も居ますからね」
「あ!はーい」
「読み聞かせをするとよくある奴っ!」
ボランティアで幼稚園の読み聞かせに行くと、やたらとネタバレしたがる子供が一人は居て困る。読み聞かせあるあるだ。
そして、それは白金姫が子供達にとっては普通の絵本と言う証。
「あれ?これ私がおかしいのか……?」
「もう続きを読んでも構いませんか?」
「あっ、どうぞ」
いけない。あくまでも主役はソプラ様と子供達だ。
私の個人的な感情でツッコんで、読み聞かせの邪魔をしては駄目だ。
「……鳥類以下ですね。
そして魔法の鏡の返答も実に単調なもの。
『それは………勿論、ね………魔女様っす。当たり前じゃないっすか!』
鏡の得意なおべんちゃらです。鏡とは実に脆い物体である為、魔法の鏡は魔女に逆らう事はしませんでした。
自己保身ですね。浅ましいです」
(ツッコんじゃ駄目だ。ツッコんじゃ駄目だ)
私は、とんでもない戦場へと足を踏み入れてしまった様だ。