遅いな一秒
―――クラウス視点―――
森を抜け草原をひた走る。
「なんで態々アイツらの得意な場所を選んだんだい!」
リリから文句が出るが、ツーカーチーターは言葉を理解出来る知能を持っている為、俺はそれに答えられない。
それはリリも解っている筈なので、まぁ愚痴みたいなものだろう。
だが、確かに草原を出てからツーカーチーター達の速度が増している。
俺が全速力で走れば追い付かれる事はないが、リリのペースに合わせていては追い付かれてしまう。
「このままじゃ追い付かれるから、お前を抱えて走るぞ」
返事を聞くよりも早くひょいと持ち上げ、俺は速度を上げる。
「か、抱えるにしても他にあっただろう!
アタイはお姫様抱っこだなんてガラじゃないよ!」
アカリはこの抱え方の方が気に入ってたが、どうやらリリは違うらしい。
だが、抱え方に拘っている場合でもない。今回は我慢してもらおう。
「確かにお前に姫なんてのは似合わないが、このままで行くぞ」
「アンタ、一回張っ倒そうかい?」
肯定したのに何故怒られているんだ。
『探知』を使い、他の冒険者や一般市民を巻き込まないルートを選ぶ。
だが、チーターの最高時速は凄まじく、そんな事をしていれば追い付かれる。
だから、魔法での妨害だ。
『草刈!』
これは昨日の香草採集でも使用した空間魔法と粉砕魔法の複合技。視認した草を根を残さない様に土ごと回収する魔法だが、今回はツーカーチーターが来る位置に穴を開ける為だけに使用する。
只の穴にそう簡単には嵌まってくれはしない。見てから避ければ良いだけなのだから。
だが、加速している時は別だ。穴を認識した所で、慣性が働いている体は急には動きを変えられない。
それを理解しているツーカーチーターに何回か穴を見せてやれば、奴等は迂闊に加速出来なくなる。
逃げるだけならこれで完璧だが任務は討伐だ。時間も調整出来たし、先程街が見えた事であれも目視で確認した。
そろそろ攻めに転じるとするか。
「俺の合図に合わせて攻撃だ」
「あいよ」
リリを下ろし、そのまま臨戦態勢に入る。
突然、俺達が足を止めた事で、ツーカーチーター達も警戒している。
「3……2……」
俺がカウントを始めた事で、何かアクションを起こそうとしている事を理解したツーカーチーター達が妨害しようと動き出す。
だが、その判断はあと一秒遅かった。
「1……」
チーターの加速は確かに速い。だが俺達の間には、まだ残り一秒では詰めきれない程の距離がある。
俺の『草刈』を警戒して慎重になりすぎてたな。
極めて小さな『ゲート』を作り、街のある一点と繋げる。
必要なのは物が通れる道ではなく、音が通れる小さな道。
「0!」
カチリと長針が真上に到達する。
ゴーン!
まるで目の前で鳴らしたかの様な、大音量の鐘の音が草原に響く。
しかも只の音じゃない。魔物が苦手とするヒヒイロカネの音だ。
当然、ツーカーチーターは攻撃どころではない。
そして、構えていた俺達もその隙を逃す訳がない。
俺の熱したムラマサが一匹の首を切り落とし、リリの伸ばしたハンマーがもう一匹の頭を砕いた。
「上手くいったな」
アカの攻撃を参考にしたものだったが、なかなか綺麗に決まった。
只、あいつと違って音を閉じ込められない為、俺達も大音量を直に聞いたので耳が痛い。
「何だい、今のは。まだ頭がグワングワンするよ」
空間魔法については隠す方向なのでリリには説明できないが、この場所と街の鐘塔を鐘が鳴る瞬間に繋げただけの事だ。
「悪かったな。ツーカーチーターは取り敢えず、適当に俺のマジックバッグに入れて、集合場所に向かおう」
「アンタ本当に便利だね……」
「うるせぇよ」
――――――
集合場所でリリと暫く待っていると、血だらけのヴェル達がフラフラと歩いてきた。
何かあったのかと俺が動こうとするのを、リリが手で制する。
「安心しな。ありゃ返り血だよ」
得意の嗅覚で血の臭いを嗅ぎ分けたのだろう。リリは呆れた様に溜め息を吐く。
フラフラしているのも、単に疲労の様だ。
「いや~悪ぃ悪ぃ。遅くなっちまったな」
「別に遅くなった事自体は構いやしないよ。
で、その理由は?」
「残った罠の撤去とかしてたら、血の臭いを嗅ぎ付けた魔物がワラワラやってきて……な」
魔物の多くは肉食だ。血の臭いを漂わせてたら寄ってくるに決まっている。
「そんな初歩的なミスする奴があるかい」
「いや、ちゃんと死体の後始末はしてから撤去を始めてたんだけどよ。
その……後始末の前にちょっと休憩してたのがいけなかったみたいで……」
「阿呆かい!」
ヴェルがリリに怒られている中、ピートは息を潜めて門へと向かい――
「……ピート、何処に行くんだい?」
「!……すまないリリ。
今はこの血を洗い流したいから、説教はまた後で聞く!」
「あ、ずりぃぞ!じゃあ俺も!」
「二人とも待ちな!」
「おい、俺だけ置いていくな!」
走りながら街へと帰っていく《不屈の闘志》を追いかけて、俺も街へと戻るのであった。
俺が離れてる間に、街で何が起きてたのかも知らずに……
書き溜めが減る一方なので、暫くは隔日更新にします。
次回は明後日。よろしくお願いします。