足りない者の役割
―――クラウス視点―――
「つうと言えばかあ」が名前の由来であるツーカーチーターは、共感魔法を有しているマーダーチーターの変異種だ。
「共感魔法は全ての感覚を、生まれつきのパートナーと共有する魔法だ。
背中からの攻撃を避けたられたのは、パートナーの視覚には攻撃が映っていたからだろう」
「じゃあなんだい。こいつらは四つ子って事かい?」
「いや、僕の矢で苦しんだのは二体だった。
これは二組の双子と考えるのが妥当だろう」
ピートとヴェルも此方に合流し、四人で陣形を組む。
「兄ちゃんと組むと、どうしてこうも異常に遭遇するんだろうな」
「俺のせいにするな」
奴等は再び死角からの不意打ちを警戒している為、作戦を立て直すなら今のうちだろう。
「どうするピート?向こうも連携を取ってくるとなると厄介だぜ」
「分断さえ出来れば、普通のマーダーチーターと変わらない。
四方に散って一人一殺でやれば――」
「無茶言うんじゃないよ!あれ相手に一人で戦うなんてアタイは無理だよ」
リリの戦い方は、盾で攻撃を受け止める前提のものだ。
盾をも真っ二つに出来る切断魔法が相手では、かなり分が悪い。
「お前ら、準備した物で二匹は仕留められるか?」
俺は、離れて準備を担当していたピートとヴェルに問う。
「ああ。上手くやれば可能だ」
「だったら俺の方にも策はある。ここはピートとヴェル、俺とリリで二手に別れるとしよう」
周囲を警戒していた奴等も、他に潜んでいる人が居ない事に気付き始めた。
これ以上、呑気に会議している時間はない。
「よし、わかった。
終わったら森の入り口で落ち合おう」
俺達は頷き合うと、互いに背を向け走り出した。
―――ヴェル視点―――
森の中をひたすらに駆ける。
後ろから追いかけて来るのは、俺らを一撃で真っ二つに出来る爪を持つ魔物。
「ヴェル、大丈夫か?」
「なんとか……な」
身体魔法が苦手な俺は走るので精一杯だ。
気を抜けば足がもつれかねない。
そんな状態でもまだ捕まってない理由は一つ。
奴等が狩りを楽しんでいるからだ。
必死に逃げる獲物を態と泳がせ、疲れきった所で甚振って殺す。反吐が出る様な習性をしてやがる。
だが、その強者故の驕りこそが付け入る隙。奴等の最大の弱点って訳だ。
―――ピート視点―――
息を切らした僕達は、膝に手を付いて止まる。
ツーカーチーター達は、無力な僕達を嘲笑う様にゆっくりと近付いてくるが、それを許す程は鈍っちゃいない。
ナイフを投げる事で、奴等の動きを牽制する。
まだ諦めてない僕達が気に食わないのか、奴等は一撃で仕留める為に体を縮める。飛び掛かりの準備だ。
僕にはリリの様な力強さも、ヴェルの様な魔法もない。
ヴェルも疲労しきってる今、その攻撃を未然に防ぐ事は出来ない。
だが、そんな必要は全くない。
飛び掛かってきた奴の爪を、ギリギリで横っ飛びをする事により躱す。
ヴェルも僕も、上手い受け身はとれなかったが問題はない。
もう次の攻撃などさせないのだから。
一匹が落ち葉の上に着地した事で、その中に隠された仕掛けが起動する。
口が閉じられ、金属の牙が奴の前足に深く食い込む。
「トラバサミは痛いだろう?」
リリ程の膂力も、ヴェル程の魔力もない僕が、Bランク冒険者になれた理由。
リリを守護戦士、ヴェルを魔法使いとするなら、僕の役割は罠師だ。
強烈な痛みに襲われたツーカーチーターはトラバサミを壊そうと暴れる。
だが、こんな罠が仕掛けてある場所で大暴れしたら、次が起動するに決まってるじゃないか。
トラバサミと一緒に糸を切ってしまったツーカーチーターに、毒の矢が襲い掛かる。
「グルォ!?……ゴポァ…………」
幾らBランクの魔物でも五本も刺されば、この様に泡を吹いて斃れる。
だが、ツーカーチーターはもう一匹居る。
少しフラついているが、そこまでダメージまでは通っていない様に見える。トラバサミの痛みを受けた時点で共感魔法を切ったのだろう。
侮っていた僕達に痛手を負わされた事で憤怒の表情だが、冷静に安全な地面を選んで歩いて近付いてくる。
もうトラバサミを踏んでくれる事は無さそうだ。
ヴェルが『ファイアバレット』を放つが、それも正確に躱される。
だが、それでもまだ詰めが甘い。
「罠のトリガーが下だけだと思ったかい?」
僕の指摘に振り返った奴が見たのは、ヴェルが放った炎で今にも切れそうな蔦。
その蔦を辿って木の上を見上げれば、引き絞った弦にセットされた無数の剣。
「別の人殺しからのプレゼントだよ」
一本一本が矢の様な勢いで降り注ぐ剣の雨。
幾らかは切断魔法で防げても、全ては無理だ。
一本が胴体に突き刺さると、次々と他の剣もそれに続く。
そして、真っ赤なハリネズミと化したそれは、自らが作り出した池に倒れ臥した。
「ふぅ……終わった」
緊張の糸が切れた僕達は、自ら仕掛けた罠を起動しない様に大の字で寝転がり会話を交わす。
「後はリリ達だが、大丈夫かな?」
「兄ちゃんが策はあるって言ってたんだ。
信じようぜ」
雑補足
・トラバサミ
鋭い牙を持った口みたいな形の罠。現代日本では違法。
一生ものの怪我を負うレベルの威力なので、助けられた鶴が恩を返したくなる気持ちもわかる。