軽鴨の雛じゃない
コリオーバーとロケットラビットが入ったマジックバッグを提げて、私達は街の門をくぐった。
普通の冒険者さんは麻袋に入れて運ぶらしいので、それの真似っこだ。
物体を記録に変える為、鮮度も落ちず臭いも漏れない。マジックバッグはやはり優秀だ。
冒険者ギルドに戻ってくれば、私達の担当はまたフロンちゃんである。
他にも受付嬢さんは居るのだが、タイミングが悪く他の冒険者さんとお話中だ。
「魔物は見たくないので、担当の方が来るまで出さないで下さいね~」
仕事してくれないのに、何故「お待ちのお客様、此方にどうぞ~」をしちゃうのか。
とにかく担当の人を呼んでくれただけ良しとしよう……良しとしていいのか?
何にせよ、待っている間は暇である。暇であるが故にフロンちゃんが雑談を持ちかけてくる
「聞いて下さいよ~最近、盗賊とか人拐いとか、この街にしては物騒な話題が多くてフロン怖いんです~」
違う。これは雑談ではない。
涙目の上目遣いでクラウスを見つめるその姿は、紛うことなき色仕掛けである。
だが、フロンちゃんがクラウスに惚れた様子はない。
だとすれば何の為に?
「うぐっ!フロンちゃんが可愛すぎるっ……」
「がはっ!フロンちゃんが愛おしすぎるっ……」
自分に向けられてない笑顔で倒れていくフロンちゃん親衛隊。
何をどうしたらそこまでゾッコンに――
(そうか、それだ!)
あのフロンちゃんの色仕掛けもどきは、クラウスを自分のファンに落とす為だけに行われたもの。そう考えれば合点がいく。
(恐るべしフロンちゃん……)
小手先のテクニックや中途半端な自信では絶対に出来ないあざとさ。それを堂々とやってのける根性。それこそがフロンちゃんの真の才能である。
だがしかし、フロンちゃんが特殊である様に、クラウスも並みの男ではない。
「そうか、怖いなら帰りギルマスにでも付き添ってもらえ」
なんて淡白な返事。だが、これでこそクラウスである。
天才美少女である明ちゃんにすら一切手を出さないクラウスが、ありきたりな色仕掛け如きに動じる筈も無し。
本気でクラウスの気を惹きたきゃ、VRやらGPSについて学んでから出直せぃ!
一瞬、不満げな顔を見せたフロンちゃんだったが、直ぐに周囲に愛想を振り撒く通常モードに切り替えた。
(ふっ……相手が悪かったねフロンちゃん)
「お前は何に得意気になってんだよ」
何にと問われれば、勿論「信頼出来る相方に」だ。
――――――
やっと査定と買い取りも終わりギルドを出ようとすると、後ろから声をかけられる。
「あれ、クラウスに明ちゃんじゃないか」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、そこに居たのは《不屈の闘志》だ。
「お前達も依頼達成の報告か?」
「いや、俺達は街の近くにマーダーチーターの群れが出たってんで、指名依頼を受けた所でよぉ。
明日行くんだが……そうだ!兄ちゃん達も一緒にどうだ?」
「確かに、アカリちゃんとクラウスなら十分な戦力になるね。
報酬は二十万Mだから……人数で頭割りって所でどうだろうか?」
それは非常にありがたい申し出だ。
うちはまだまだ赤字で、今日の稼ぎでも八千Mしかない。
八千と言う数字だけ聞くと、低ランクでも頑張れば直ぐに収支がプラスになりそうに思うが、そうではない。
納品依頼だって需要によって、貼り出される種類や報酬も毎日変わってくる。その為、必要な知識や技術は多岐に渡るらしい。これは先程、査定してくれた職員さんに聞いたので間違いない。
同じクエストを周回してれば良いゲームとは違うのだ。それを知ると、冒険者一本で生活しているマグマの凄さが身に染みてわかる。
なので、お金の為にはその話はとてもありがたいのだが……
「危険だからアカリは連れて行けない。
俺一人でも構わないか?」
「ああ、勿論」
「兄ちゃん一人なら、報酬の分け前も増えるしな」
やはり私は置いてきぼりだ。
街に来てからは緋も出てきてないし、普通に過ごす分には心配ないだろう。
(だから何も問題は無い……んだよね……)
その後の話し合いは、余り頭に入ってこなかった。
――――――
そして私は今、何故かリリさんと一緒に大衆浴場に来ている。
「え、何で?」
「何でってアンタ、そう言う話になっただろう?」
話を聞いていなかった私が悪いが、何をどうすれば話の流れがそうなるのか、さっぱり解らない。
だが、お風呂に入るだけだし別に解らなくても良いか。
リリさんは美人だとは思ってたが、鎧を脱ぐとスタイルも良く引き締まった腹筋がとても格好良い。
所々に傷はあるものの、基本的に肌は綺麗だ。獣人と言ってもケモミミや尻尾が生えているだけで、他は人間と変わらなそうだ。
(そうなってくると、尻尾のモフモフと肌の境目が気になる……)
「ジロジロ見てんじゃないよ!」
怒られてしまった。まぁお尻を観察してたら怒られるのは普通か。
結局、境目はわからず終いだった。
あれから特に会話もなく、お互い静かに頭を洗っている。
すると、リリさんが他のお客さんには聞こえない様な、小さな声で呟く。
「アンタ、クラウスに置いてかれるって落ち込んでるのかい?」
「うっ……」
突然、図星をつかれ狼狽する私。
と言うか何故バレたし。
「あんな分かりやすい表情してたら、誰だって気付くさね」
以前クラウスにも同じ様な事を言われたが、そこまで分かりやすいのだろうか。
私が目の前の鏡で表情を研究していると、溜め息を吐いたリリさんが私にアドバイスをくれる。
「アンタだって、一生クラウスの後ろに付いて行くつもりじゃないだろう?
一人の時間は自分を見つめ直す良い機会さね」
きっとこれを伝える為に、大衆浴場に私を連れてきてくれたのだろう。
リリさんは私の事をクソガキなんて呼んでるけど、凄く気にかけてくれている。
(そうだ。私はクラウスの横に並びたいんだった。
後ろをヨチヨチ付いていくだけの、軽鴨の雛じゃない)
対等に一人前でなくて、何が相方か。
「ありがとう、リリさん!」
「別にアンタの為じゃないよ。アタイが気に食わなかったから言っただけさ」
「それでも嬉しいよ」
「フンッ……アンタ臭いから、ちゃんと洗ってから出なよ」
そう言って少し赤くなったリリさんは、体を流すとさっさと出ていってしまった。
最後の台詞は照れ隠しなのだろう。だが、獣人の嗅覚的に冗談なのか、はたまたガチなのか解らないのでやめてほしい。