やるしかない
二階に上がり、案内されたのはギルドの応接室。
人数が多いパーティにも対応する為か、ソファーは大きく後ろには予備まで置いてある。
「改めまして、セイヴィア市のギルドマスターのオゾンと申します。
気軽にギルマスとお呼び下さい」
正面のソファーに座るギルマスが、丁寧に御辞儀をする。
「明です。こっちは相方のクラウス!」
「兄と言え、兄と」
「こっちは兄兼、相方のクラウス!」
「もういい……クラウスだ。冒険者登録をしに来た」
呆れ気味のクラウスだが、私にとっては兄と言う設定より相方と言う関係性の方が大事なのだ。
「そちらも仲の良い御兄弟の様で」
「まぁ、二人で旅してるくらいだしな。
仲が悪きゃここまで来れてないさ」
「えへへ」
私とクラウスは相方なのだから、仲良しなのは当然だ。
でも改めて言われると何だか照れちゃう。
「さて、それでは本題の冒険者登録といきましょうか。
こちらが冒険者カードです」
そう言ってギルマスは、引き出しから二枚のカードを取り出して私達に手渡す。
名前と……恐らくランクを書く場所であろう枠があるだけの、結構シンプルなデザインだ。
小学生の時に厚紙で名刺を作った時に似ている。
「なんか結構ショボいね」
「そうでもないですよ」
私の感想にギルマスはニヤリと笑うと、懐から自分の冒険者カードを取り出して実演を始める。
「登録した後は、この様に魔力を込めると……冒険者の証が浮かび上がります」
ギルマスが見せてくれたカードには《オゾン B》と言う文字と、その下に剣を掲げてビームを放つ人の絵が描かれている。
じんわりと絵が浮かび上がる様は、炙り出しみたいで格好良い。
「すごーい!」
「しかも!反応するのは登録した本人の魔力だけですからね。
何よりも確かな身分証明の魔導具になります」
「すごーい!」
そうか。魔導具で身分証明まで出来るのか。
外から来た私やクラウスなんかは、戸籍やパスポートなんてある訳もないので非常に助かる。
「あくまで興味本位だが、偽名で登録したらどうなるんだ?」
「出来なくはありませんが……一度でも自身の魔力を登録すると、二度と名義の変更は出来ないのでオススメしません」
「成る程、魔力と名前が紐付けられるから、そんなことをしたら偽名の方が本名の様になると」
中二病を拗らせて†サンライト†とかにしたら、一生残り続けると……恐ろしい。
(ここはシンプルに《明》と……いや、クラウスとかオゾンとか皆カタカナだし《アカリ》にしておこう)
私もクラウスもペンを置き、名前を書き終わった事を示す。
「それでは、後は魔力を登録するだけです」
そう言ってギルマスは再び引き出しをゴソゴソと漁りだす。
次はいったいどんな魔導具が出てくるのか。
ワクワクしながら待っていた私達の前にそれぞれ置かれた物は――
「何……これ?」
「何って……普通のナイフですよ?」
確かにそれは、刃渡り10cmもない様な小さな先の尖ったナイフだ。
そんなものを引き出しに乱雑に入れておくなと言う気持ちもあるが、今はそれどころではない。
「ナイフって事は、もしかして――」
「はい。登録は血液で行います」
(やっばりか……)
ファンタジー……よりは極道もので見たことがある。指先を軽く切って血で判を押す、血判って奴だ。
単純に血が怖い。勿論その理由もあるが、それだけではない。
『この声よ届け』を使いクラウスに話しかける。
「出血って事は、もしかして……」
「ああ。竜化、更には再びアカになる可能性がある」
この辺の危険性については、クラウスから言い聞かせられている。
今回の様な血判の場合、ほとんど痛みを感じない程度の傷から少量の血を出すだけの筈だ。
しかし、どの程度の痛みや出血がトリガーになるか解らない今は、それでも危険だ。
(ごめん、フロンちゃん。貴女が正しかったわ。
確かに冒険者カード登録は怖いわ)
「あの、深刻な顔してますけど、指先のほんの少しで良いんですよ?全然痛くないですよ?」
「どうしようクラウス。
念のために、利き手じゃない右手でやった方が良いかな?」
「あの別に腕を切断とかしませんよ?
どちらの手でも――」
「いや、検証の意味も込めて左手でいけ。
安心しろ。俺がついている」
「いや、そんな大袈裟な――」
「クラウス……」
「えぇ……」
ギルマスがドン引きしているが、私達には深刻な問題なのだ。
尚、結局何事もなく無事に登録は完了した。