今言わないでよ!
商堂を離れた私達は、色んな専門店が立ち並ぶ通りを散策している。
「なんか良い匂いするね」
「これは……香辛料か」
私達が足を止めた店では、胡椒や唐辛子に鬱金など様々な香辛料が置かれている。
クラウスが香辛料に興味を持った為に、店主のおじさんが話しかけてくる。
「お、お兄さんお目が高いね。
その唐辛子は近くのピアノ村で採れた物だ。
他国にも輸出されるくらいに質が良い物だよ」
「確かに良い物だな。
一キロで幾らだ?」
「キロ!?兄ちゃん実は金持ちかい?」
おじさんも驚いておるわ。
クラウスは『収納』やマジックバッグを使って、これでもかと食料を溜め込んでいる。唐辛子もそれくらい買わないと直ぐに使い切ってしまうのだろう。
それに私達は五十万Mもの大金を持っているのだから、買えない物は無いのだ!
「一キロだと、三万Mだな」
「……そんなにするのか?」
確かに買えなくはない。
だが全財産的に考えると、一つの調味料に割いて良い割合ではない。
「あたぼうよ。これでも色々と値引いてるんだぜ?
王都なんかで買ったら、この五倍はするな」
成る程、質の良い物は高い。当然の話である。
「……兄ちゃん、小瓶一つ分くらいにしとくか?」
「……頼む」
結局、食卓に置くには丁度良い程度のサイズを買った。
五百Mと言う随分お手頃な価格からは、庶民にも親しまれてる店であろうことが窺えた。
――――――
さて香辛料もこの領の特産と言う事は、あれがあるかもしれない。
おろしポン酢ハンバーグと並ぶ、明ちゃんの大好物。
食事処が並ぶ通りを早足で探し回る。
そして見つけたその看板。
《チューカ一品》、間違いなく中華料理のお店である。
扉を開け、店員が言葉を発する前に尋ねる。
「酸辣湯麺はありますか!」
辛味と酸味が絶妙に調和したスープと、麺や具材の様々な食感が織り成すハーモニー。
思い出しただけで涎が止まらない。
私の語り尽くせない想いに対して、チャイナドレスの店員さんの答えは実にシンプル。
「無いネ」
「なんでじゃあああ!」
――――――
聞けば、酸辣湯麺は人気が無くて、何処のお店でも提供してないらしい。
明ちゃんは大好きなのに、何故みんな食べないのか。
「担々麺なら有るヨ」
店員さんは慰める様にそう言ってくれるが、それじゃ全然別物なのだ。
だが、もう二時の鐘が鳴ってから随分と経った。
お腹も空いたし、仕方がない。
「じゃあ担々麺で」
「あ、じゃあ俺も同じものを」
「はいヨ!担々麺二丁!」
ランチタイムも過ぎ、すいている店内で暇そうにしている店員さんに、気になった事を聞いてみる。
「なんでそんな喋り方なんですか?」
酸辣湯麺ショックで暫くはスルーしてたが、やはりその雑な中華系キャラみたいな喋り方は気になるのだ。
「チューカ料理の店は、喋り方がこの方が人気出るからネ」
成る程、アキナさんが太ってる様に見せかけているのと同じ理論か。
……この喋り方はなんとなく勇者由来な気がするけど、深く突っ込むのはやめておこう。
そんな雑談をしていると、注文していた担々麺が届く。
「「いただきます」」
お腹も空いているので、息で冷ましつつ早速一口。
「辛っ!」
私は辛さへの耐性はある方だけど、それでも結構辛い。
無料の水をゴクゴクと飲み干し、口の中を冷やし辛さを流し込む。これでやっと次の一口に挑めると言うものだ。
「なぁ、プラシーボ効果って知ってるか?」
「ほふへん、はに?」
クラウスも口に物が入ってる時に質問をしないでほしい。
取り敢えず全部飲み込んで、水を飲む。
「飲み薬だと言って只の苦い水を与えたりしても、まるで本物の薬を飲んだかの様に効果が出る事だ。
要するに、人の思い込みの力は凄いって話だ」
「へぇー」
何故、今こんな話をしているのかは知らないが、とにかく語りたかったのだろうと解釈し適当に流しておく。
「この様にお前の知らない事は、世の中に沢山あるんだ。
例えば、唐辛子の辛味成分であるカプサイシンは水に溶けない、とかな」
何か嫌な予感がした為、一旦食べる手を止める。
「……一言で纏めると?」
「水を飲むと、辛さが増す」
「ゴホッゴホッ!……馬鹿野郎!」
口の中の辛さが息を吹き返したかの様に襲いかかってくる。
正しい知識かもしれないが、このタイミングで言う奴があるか。
プラシーボだかスパシーバだか知らないが、それで幸せなら放っておけば良いだろうに。
「辛味を抑えたいなら、カゼインを含む乳製品なんかが適しているな」
「ラッシーなら有るヨ」
ここぞとばかりに店員さんも勧めてくる。
確かラッシーは飲むヨーグルトみたいな物だった筈。
「下さい!」
……あれ?ラッシーって中華よりカレー屋さんに置いてある物じゃないか?
まぁ、この辛さを消してくれるならば何でも良いか。
それにしてもクラウスめ。「知識はお前の為になる」みたいな事を言ってた癖に、これでは寧ろ私の敵じゃないか。
もう思い込みで洗い流せないから、辛い物を食べる度に乳製品を注文しなければならなくなってしまった。
「お待たせネ」
店員さんにより置かれたラッシーを、ストローを咥えて急ぎ吸い上げる。
「……あ、美味しい」
成る程、知識が増えると予期せぬ発見もあるものだ。
雑補足
・酸辣湯麺
サンラータンメンとも読む。元は酸辣湯に麺をぶちこんだ賄い料理らしい。
・辛さ
唐辛子系やカレーなんかは乳製品、わさび系は水で、ある程度抑えられる。無効化は出来ないから、食べれない辛さに挑んだりしない様に。