貴族にしか無い
宿の一階で朝食を食べながらクラウスに提案する。
「せっかく街に来たんだから、観光したい!」
「そうだな」
「あれ、良いの?」
その答えは少し意外だ。
てっきり「逃亡者である自覚を持て」とか「最初の街から燥いでどうする」とか言われるかと思ったのに。
「外の人類の文化が学べる絶好の機会じゃないか。
此処は研究資料の宝庫だ。逃す手はない」
成る程。大人としてのクラウスではなく、研究者としてのクラウスの意見だったか。
それは丁度良い。
一人で楽しむのに付き合わせるより、二人で楽しめる方が幸せだからね。
――――――
宿を出て、お店までの道をのんびりと歩く。
ゴーン!ゴーン!と合計すると十回の鐘の音が聞こえた。
「これは、十時って事かな?」
「そうだな。俺の懐中時計とも大凡同じだ。
ついでに合わせておくか」
龍の領域に居た頃から、時計は家に置いてあった。
だが、テレビも学校も存在しないので時計は必要なく、やがて見る事もなくなっていた。
だから時刻を気にしたのなんて、一ヶ月ぶり以上だ。
鐘の音に合わせて、色んなお店に《OPEN》の札が掛けられる。
どこもかしこも十時が開店時刻らしい。
「寝過ぎたかと思ったが、開店時間なら丁度良いな」
「それじゃあ、レッツゴー!」
まずやって来たのは、商堂。
せっかく店長のアキナさんが割引してくれると言うのだ。
欲しい物があったら此処で買っとくに限る。
十時を過ぎたばかりなので、開店してから時間はそんなに経ってない筈だが――
「賑わってるね」
あまり広くない店内には、既に十人程のお客さんでいっぱいだ。
アキナさんは「お客様からの信頼なら大店にも負けない」と言っていたが、これは予想以上だ。
私達が店前で立ち尽くしていると、他のお客さんとの会話を終えたアキナさんが駆けてくる。
「お二人とも、いらっしゃいませ。
馬車を改造するならパーツは揃ってますよ?」
「揃ってるのかよ……」
この小規模な店で馬車のパーツまであるのは、尋常じゃない拘りを感じる。
オタクパワー恐るべし。
「勿論、趣味で揃えた物なので店内には置いてませんが、馬車仲間のクラウスさんの為なら倉庫から取ってきますよ?」
「いや、あの馬車は頻繁に使う予定はないから大丈夫だ。
それよりも、食料品と……こいつに服を見せてやってくれ」
クラウスは私が服を欲しがっていた事を憶えていてくれた様だ。
「ほら、これで好きな物を買ってこい」
クラウスがお小遣いをくれる。
「わぁ!ありが……これだけ?」
クラウスから手渡されたのは五千M。
決して少額ではないが、服を自由に買えるかと言われれば微妙である。
「馬鹿言え、全財産の1%だぞ。
大金も大金だろうが」
「確かに、そう言われればそうだけど……」
「まぁ、割引もするので、一着しか買えないなんて事はありませんよ」
アキナさんがそう言ってくれるなら、今回は我慢しよう。
さて、どんな服が待っているのか楽しみだ。
――――――
「かなり割引いてもらって悪いな」
「いえいえ、お二人にはそれ以上に助けられましたので」
買い物も終わり、知り合いの家から帰るとき特有の立ち話である。
服のラインナップだが、村で見た時と大して変わらなかった。
まぁ、同じお店なのだから当然である。
結局、雨で寒い日の為のカーディガンと部屋着用のチュニックを買った。
私には空気魔法があるので寒暖差など無いに等しいが、だからと言って季節や気温に合わせた服を着ないのは勿体無いのである。
「さて、そろそろ行くか」
クラウスがそう言った時、お店の前に大きくて豪華な馬車がやって来た。
こんなお客さんまでやってくるとは、商堂恐るべし。
「あ、こっちじゃなくて、あっちですね」
「まぁ、そうだよね」
大きな馬車から降りた豪華な服を着たおば様は、商堂の向かいのバリトン商会のお客さんだ。
なんとなく眺めていた私達に、アキナさんが解説してくれる。
「あちらはセイヴィア男爵夫人のソプラ=セイヴィア様です」
「めっちゃ偉い人じゃん!」
男爵夫人と言う事は、この街のトップの奥さんである。
ついでに、この世界で初めて出会った名字持ち。
恐らく名字は、貴族とかにしか与えられないのだろう。
迂闊に日野明って名乗らなくて良かった。貴族の名を騙ったら死刑とか、ファンタジーじゃ定番だもの。
「あ、ソプラ様だ!」
そんな偉い人を指差す、通りがかった子供。
お付きの騎士が子供を睨み付けるが、ソプラ様は手を上げて其れを制する。
「構いません。
……どうしたのですか?」
「あのね!また絵本を読んで欲しいの!」
「そうですか。では近いうちに、また読み聞かせ会をいたしましょう」
「わーい!」
貴族と言えば、もっと高慢ちきなイメージだったが、ソプラ様は街の子供にも優しく振る舞っている。
「ソプラ様は街の子供を集めて、定期的に絵本の読み聞かせ会を開いています。
あまり民に顔を見せない男爵様よりも人気ですね」
「そんな奴が贔屓にしてるバリトン商会も大人気って訳か」
「そう言う事です」
成る程。タレントがCMに出るのと同じ様なものか。
「じゃあ私が有名人になったら、アキナさんも私の名前を使って良いからね」
「龍の巫女が有名になっちゃ不味いだろうがよ……」
あ、そうだった。そんな事をしたら里からの追っ手にバレてしまう。
う~む。追われる身はやはり大変だ。