快適な居心地
「おおお……」
思わずそんな感嘆の声を上げてしまった。
それも仕方ないだろう。
だって今クラウスの手には、五十万Mもの大金が入った袋が握られているのだから。
「……良いのか?こんなに貰って」
「構わないさ。君達の協力のお陰で、全員を生け捕りに出来たんだ。
捕縛による上乗せ分だけでも君達が貰うべきだ」
そう、これは領兵だか衛兵だかに、盗賊を渡して引き換えられた金銭なのだ。
まさか盗賊を捕まえるだけで、こんな大金が手に入るとは。
……いや、だけって事はないな。実際に大変だったもの。
「大金持ちだよ!文無しから一気に大金持ちだよクラウス!」
「お前は落ち着け!
大金持ちと言う程の金額じゃねぇだろ!」
日々暮らしていくのに、どのくらいの金額が必要なのかは知らないが、少なくとも高校生が手にするには大金である。
ハイテンションになるのも仕方なかろう。
「良かったな、嬢ちゃん。
兄ちゃんに頼んでベッドが柔らかい宿にしてもらいな」
「ベッドは自分のがあるから大丈夫だよ!」
「おいおい、馬車だけじゃなくベッドまで持ち運んでるのかよ……」
何故か《不屈の闘志》は若干引いているが、ベッドは大切なのだから当然じゃないか。
快適な睡眠こそが、人生の基本である。
――――――
《不屈の闘志》と別れた私達は、紹介してもらった宿に泊まる事にした。
ベッドは固いが食事は美味しい所らしい。
扉を開けて中に入ると、一階は全て食事処の様だ。
夕食時と言う事も相まって、席はほとんど埋まっている。
「いらっしゃいませ!
お食事ですか?宿泊ですか?」
受付のお姉さんは、笑顔で手慣れた様に対応してくれる。
接客業歴が長い人特有の、完璧なスマイルだ。
「宿泊だ」
「現在、一人部屋は満室となっておりますので、二人部屋で宜しいですか?」
「ああ……それと、部屋に自前のベッドを置いても平気か?」
その質問で、お姉さんの完璧な笑顔の仮面に、初めて皹が入る。
「はい?自前のベッド?
……当宿は石造りですし、床が抜ける事は無いと思うので構いませんが……自前のベッドですか?」
凄い聞き返してくる。
まぁ、宿屋にベッド持ち込む人はなかなか居ないのだろう。
日本では絶対に無いだろうが、魔法がある世界なのだ。ベッドを持ち込む人くらい、私の他にも居るだろう。
「えっと……此方が部屋の鍵になります」
「悪いな」
私達のせいで営業スマイルが剥がれかけたお姉さんだったが、次のお客さんが来たとわかれば直ぐに元通りの表情になっていた。
接客のプロは流石である。
―――クラウス視点―――
街の大衆浴場にも寄り、下で夕食も済ませたので、後は部屋に戻って寝るだけだ。
《不屈の闘志》が太鼓判を押すだけあって、なかなか旨い料理だった。鶏肉の香草焼きなんかは、俺は普段作らないから勉強にもなった。
部屋に入った途端、アカリは駆け出し自分のベッドに飛び込む。
「明ちゃんスペシャルダーイブ!」
何故アカリはベッドに飛び込みたがるのか。
だが、今度はきちんと『鉄壁』を使っていた為、スカートから見える事はなかった。
アカリもしっかり学んでいる様で感心だ。
「まぁ、今日のは今更隠しても遅すぎるけどな」
スパーン!と枕を顔に投げられた。
今日はそれのお陰で助かったんだから、別に良いじゃないか。
「寝る!おやすみ!」
枕を返したら不機嫌なまま布団に包まってしまった。
(もう夜も遅いしな。俺も寝るとするか)
布団に入り、灯りを消す。
暗くなった部屋には一切の光など無く――
ドオォォン!
――訂正。
爆音と共に窓から雷光が訪れる。
そう言えば夕飯を食べてる間、やたらびしょ濡れの客が多かった。
あれは外で雨が降っていたのか。昼間から雲行きも怪しかったしな。
すると、のそりと何かが立ち上がり、俺の布団に入ってくる。
「……おい」
「クラウス君が一人じゃ寂しいだろうと思って、優しい明ちゃんが来てあげました」
「一人には慣れてるから、安心して自分のベッドに戻れ」
「……寂しい事を言ってるので、優しい明ちゃんが傍に居てあげます」
俺の腕をぎゅうと抱き締めるそれは、震える小動物の様だ。
それにしてもアカリが雷が苦手だったとは意外だ。
それも、俺の布団に逃げ込んで来る程。
「いつだかは同じ家ってだけで、襲われるだなんだ言ってたのにな」
「変な事したら大声上げるからね!」
「するわけねぇだろ馬鹿」
そんな会話を最後に、アカリは早くも寝息を立て始める。
色々あって疲れていたのだろう。今日は俺だって疲れたくらいだ。
隣を見てみれば、雷光に照らされて、心地よさそうな寝顔が目に入る。
(雷はまだ鳴ってるのに、随分と深い眠りだ事で)
その図太さが実にアカリらしい。
図太くて、時々ムカつくけれども、何より安心する。
そんな顔を見ながら、俺も深い眠りに落ちていった。