そう簡単に死なない
「なんとか日が暮れる前には着いたね」
私の言葉に、「俺らが頑張ったからな」と言いたげにヴェルが此方を見ている。
お疲れ様と言う意味を込めて笑顔で手を振ってあげよう。
日は沈みきってはいないが曇っている事もあり、辺りは暗くなっている。
その為、門には多くの人影がある事に、近付くまで気が付かなかった。
「何かあったのかな?」
あんなに人が集まってるなんて、只事ではない。
私の疑問には、リリさんが答えてくれる。
「今回の任務に当たっていた他のパーティや、報告を受けた冒険者ギルドの奴等だろうよ」
「ほうほう……なんで?」
「はぁ……良いかい、クソガキ。
極秘の作戦だった筈なのに、帰ってきた全てのパーティの所に盗賊は出なかった。これは非常事態さね。
そこに、一つだけ帰りの遅いパーティがやっと帰ってきた。
直ぐにでも状況を聞きに来るのは当然だろう」
五十人もの盗賊が出てきたのが、非常事態だとはわかっていたけど、こんなに人が集まる程の大事だとは思わなかった。
「村々からの輸送路が遮断されると、このセイヴィア市にも大きな影響を及ぼす。
今回の依頼は、それだけ重要なものだったのさ」
成る程。ミソラちゃんの願いを叶えるだけのつもりだったのに、街一つ救ってしまうとは、流石は明ちゃん。
そんな風に誇らしく思っていると、門から眼鏡の頼りなさそうな男の人が駆けてくる。
「良かった。貴方達も無事だった様ですね。
もしかしたら全ての盗賊が其方に向かったのでは、なんて悪い想像を……ってえええ!?」
後ろの馬車に詰まった盗賊の塊を見て、ひっくり返る眼鏡の人。
見事なひっくり返りっぷりだ。芸人の人だろうか。
「アンタの言う通り、全部の盗賊が来て全員捕縛したよ。
ギルマス、ひっくり返ってるところ悪いが、領兵の他に衛兵も呼んでくれ」
「成る程、剣舞のハチャですか……
わかりました。直ぐに手配します」
ギルマスと呼ばれた人は、リリさんの指示に従って動き出す。
ギルマス――恐らく個人名ではなく、ギルドマスターと言う役職だろう。
私の勘違いじゃなければめっちゃ偉い人の様な気がするが、パシリみたいに使って良いのだろうか。
まぁ良いかどうかはともかくとして、走り去るギルマスの背中はパシられ慣れてる様に感じるものであった。
――――――
《不屈の闘志》は、盗賊の輸送やギルドへの報告があると言うので、私達はアキナさんの荷物運びのお手伝いをする事にした。
色んな冒険者さんに褒められている《不屈の闘志》に対して、私達は誰にも見向きもされないのが悲しくなったからではない。
「いやぁ、態々すみませんね。
この時間だと他の従業員も居ないので助かります」
「気にするな。礼は俺達が店に訪れた時に割り引きする程度で良いぞ」
「はっはっは。クラウスさんには敵いませんね。
そうさせてもらいますよ」
クラウスはちゃっかりしている。
今までお金に触れる事は無かったとしても、テイラーとの物々交換で、そう言った感覚は鍛えられてるのかもしれない。
でも、一緒に居る身としてはとても頼りになる。
これからも、確りちゃっかりお願いします。
馬車はとバリトン商会と言う看板の大きなお店の前で止まる。
こんな大きなお店での割り引きを一存で決められるなんて、もしかしてアキナさんは凄い人なのでは?
「ア、アキナさんは、お店では偉い方なの?」
「そうですね。一応、店長と言う肩書きですので」
(なんて事だ。こんな大きなお店で割り引きし放題なんて、何もかも手に入ったも同然じゃないか!)
私がクラウスに何を買ってもらおうか夢想していると、なんて事はない様にアキナさんが告げる。
「あ、そっちじゃなくてこっちです」
アキナさんが指差すのはバリトン商会の反対側、商堂と言う小さな商店だった。
「うわ、小っさ!」
「思った事を全て口から垂れ流すな。
口を閉じる努力をしろ。口輪筋だるんだるんかよ」
そう言えば、アキナさんのお父さんは魔導車で稼ごうとして失敗したんだっけ。
それなら、まぁこんなものか。
「店は小さいですが、お客様からの信頼であれば、大店にも負けていませんよ」
確かに、アキナさんは人柄が良い。
ミソラちゃん一家からの思い遣りに涙し、盗賊が出る危険な仕事も引き受ける。
馬車の話さえ始めなければ、万人に好かれそうだ。
「だが幾ら小さい店とは言え、長が前線に立つのはどうなんだ?」
(私に注意したクラウスも結局小さいって言ってるじゃないか)
だが、クラウスの言う事も一理ある。
もし店長が死んじゃったら、従業員や常連客など困る人は多いだろう。
「理由は幾つかあります。
冒険者さんの実力を信頼していたのが一つ。
従業員を危険な場所に行かせるのは忍びないと言うのが一つ。
でも一番は「きっと大丈夫だろう」と言う、私の楽観的な性格ですかね」
「でも人は刺されたら簡単に死んじゃうんだよ?」
それは、私が誰よりも知っている事。この世界に来た理由でもある。
「はっはっは。万が一刺されても、そう簡単に刃は届きませんよ」
そう言って、出っ張ったお腹をポンポン叩くアキナさん。
「脂肪で跳ね返す」なんて冗談は今は求めてないのだが……
「実はですね――」
アキナさんは自分の服に手を突っ込むと、お腹を取り出した
「これ、タオルなんです」
「「えええぇぇ!?」」
これには私だけでなくクラウスも相当に驚いている。
お腹からはタオルが出てくるわ出てくるわ。
と言うか、なんでお腹にタオル?
「私は幾ら食べても太れない体質でしてね。
ですが、商人と言うのは太ってる事が是とされます。
だからこそ、この様な形で体型を誤魔化すのですよ」
タオルを取ったアキナさんは、かなり痩せていて服もブカブカだ。
現代日本人的には痩せてる方が良いと思うのだが、世界が変われば感覚も変わるのだろう。
「確かに、それだけタオルを巻いていたら、余程の攻撃でない限り生身まで届かないか」
先程の言い分も納得である。
太れない体質なんて羨ましいものだ。
私と交換出来たら皆ハッピーだと言うのに、儘ならないなぁ。
雑補足
・口輪筋
唇の周りの筋肉。油断すると口が開く人はこの筋肉が弱い。
口開けて寝てると虫歯や歯周病になりやすいので、頑張って鍛えましょう。