知らない街
私は疲れてると言うのに、詳しくもないVRについて散々語らされた。
それなのに、聞いてきた張本人のクラウスは何だか話半分にしか聞いていなかった。
だから意地悪で時々質問を混ぜたのだが、どれも完璧に答えおる。
会話と別の事を同時に出来るのは凄いが、話してる相手が別の事を考えてるのが丸わかりなのは嫌なのだ。
私がむくれていると、クラウスは今度はアキナさんと話し始める。
「ところで、街ってどんな所なんだ?」
「良いところですよ。
特産品も多く、治安も良い。王国内で辺境と呼ばれる地域の中では最も素敵な処と言っても過言ではありません」
「随分と太鼓判を押すんだな」
「私の生まれ育った街ですからね。
当然、愛していますから」
「ふーん……」
生まれ育った場所が一番嫌いなクラウスには、わからない感覚だろう。
かく言う私も、地元愛なるものにはピンと来ない。
実家が都心に程近いと、地元と言う感覚もあまり無いからかもしれない。
いざ帰れなくなるとそんな故郷にも思いを馳せる事もあるが、今は訪れる街への期待の方が大きい。
何が私達を待ち受けるのか。
とても楽しみだ。
―――飛行船内―――
ミューゼ王国の空高くを飛ぶ、魔導飛行船シンフォニア号。
王国の都市と都市を結ぶ、唯一の公共交通機関である。
乗船に必要な金額は一番グレードの低い座席でも、一区間で五万Mと、庶民が気軽に乗れるものではない。
その只でさえ高額な飛行船の最上級の個室。そこに一組の男女が居た。
「……と、こんな感じよ。
どう?良い計画だと思わない?」
防音に優れた個室だからこそ、自慢気にその計画を語る女。
「それは流石に危険過ぎます!」
必死に諫める男の口調が、二人の立場の差を物語る。
そんな男の態度が予想出来ていた女は、口をへの字にしつつも頷く。
「……まぁ、貴方ならそう言うと思ったわ」
「でしたら――」
「でも、計画に変更は無いわ!」
意見は求めてないと、男の意見を一蹴する女。
男は頭を抱えるが、付き合いは長い分、こうなった女に何を言っても無駄な事はわかっている。
「……それで、私は何をすれば?」
「話が速くて助かるわ。
そうね……イレギュラーな存在が現れた時の情報収集かしら?」
「成る程、ケースバイケースと……」
「まぁ安心しなさい。計画に失敗は無いわ」
溜め息を吐く男に、女は不敵な笑みで答える。
「だって、私は完璧だもの」
―――サラ視点―――
草木の生い茂る道なき道を歩き、人目が無い事を確認したら、やっと街道に出る事が出来た。
(やっぱりデコボコしていない道は素晴らしいっす。
これを整備した人間はアタシが褒めてあげたいところっすね)
歩きやすい道になり歩行速度も上がる。街の入り口がもう見えてきた。
だが何故か人々は皆、門の前で並んでいる。
無視して通り過ぎようとするウルの首根っこを捕まえて止まらせる。
「……何?」
「皆止まってるんだから、少なくとも理由がわかるまでは同じ様に振る舞うべきっすよ!」
「……必要ない」
ウルが指差すのは、一台だけ列を無視して通り過ぎる派手な馬車。確かに止まらずとも良い例もある様だ。
先を急ぎたいウルからすれば、無駄かもしれない停滞は許容したくないのだろう。
だが、どんな場面においても多数派と同じ様に振る舞う事が目立たない基本だ。
矜持だの規則だの、どうでもいい事ばかりを気にする里の龍人達の中で生きてきたアタシには、其れがわかる。
あまり言い争い過ぎても目立つので、互いの意見を視線でぶつけ合うアタシとウル。
すると、例のソウガンキョウを使っていたテイラーが正解を導き出した。
「……これは、並ぶのが正解の様だね」
「ほら、アタシの言った通りっす」
「……何故?」
ウルの疑問にテイラーは丁寧に答える。
「あれは検問だね。
街に入る人や荷物を調べて、危険だったら捕縛したりするんだろう。
恐らく通り過ぎた馬車は特権階級――里長や騎士団長みたいに信用のある人達って事かな」
個人的には、正解かどうかさえ解れば興味は無いので、適当に頷いておく。
ウルは団長と聞いて不機嫌さを増している。そう言うわかりやすい反抗心を見せているから、問題児扱いされるのだ。
……アタシ?アタシは一度だけ、団員全員分の食事を一人で平らげてしまった事以外は、目立つ様な事はしていない。
アタシやウルは、もうケンモンとやらに興味は無くなっていたが、タツヤ君は気になった事があった様で、手を挙げて意見を述べる
「あの、マジックバッグ相手じゃ調べようが無くないですか?」
言われてみれば、確かにそうだ。
マジックバッグから物を取り出すには、どんな物を入れたかの記憶が鍵になってくる。
目録なんかがあれば他人のマジックバッグからでも取り出せるが、その目録が中身の全てである証明は出来ない。
他人のマジックバッグの中身を調べ尽くすなど、頭の中を覗きでもしない限り不可能なのだ。
「空間魔法の他にも、調べきれない厄介な魔法は沢山ある。
恐らくは、わかりやすい犯罪者だけを取り除く為のものさ。
怪しい言動なんかをしなければ問題はないと思うよ」
「成る程、勉強になります!」
「そんなもんなんすね~」
「そんなもんだよ」
人間達の規則は意外と緩そうで、アタシの性に合っている。
そんな風に感じた。
―――明視点―――
「さぁ、見えてきましたよ」
アキナさんの言葉に馬車の上まで飛んで、前を見てみる。
街を囲う外壁。それよりも高い数階建ての建物。どれもフルート村には無かった物だ。
まるで見える街の全てが、私を待っているかの様に感じる。
「あれが、此処がミューゼ王国セイヴィア男爵領の中心。
セイヴィア市だよ」
―――女視点―――
サービスのドリンクを飲んでいると、飛行船のアナウンスが流れる
『当船は、間もなく着陸態勢に入ります』
「あら、やっと着いたのね」
飛行船は嫌いではないが、長時間に渡って閉じ込められるのは退屈で仕方ないのだ。
『セイヴィア市~セイヴィア市~。
下船する方は御忘れ物の無いよう、お願い致します』
「さぁ、計画を実行に移す時よ」
―――サラ視点―――
アタシ達の順番が来て、質問や身体検査などを受けたが、どれも軽いものだった。
「この街に来た目的は?」なんて質問が何の役に立つのだろうか。
タツヤ君の検査だけ少し長引いているので、待っている間にぼんやりと街の様子を眺める。
建物はどれも個性があり、機能性だけを重視した退屈な里の景観とは大違いだ。
「イケてるっすね~」
そんな呟きを聞いた門番が、自慢気に語ってくれる。
「そりゃあ、そうさ。
なんたって此処は、ペイン帝国で一番平和な街だからね」
交響交通機関ってね。
次回より、第三章 セイヴィア男爵領編です。