人間でない者達
ガタガタと馬車が揺れている。
……主に揺れているのは、俺が乗ってる方ではないが。
「随分と揺れるね……」
盗賊と同乗しているリリが愚痴を溢すのも仕方ないだろう。
「悪いな、サスペンションの無い旧式だ」
俺の用意した馬車は先代の資料から再現したもの、つまり二千年以上前の代物だ。
馬車を取り出した時にアキナが「これは千七百……いや二千年近く昔のモデルですね!」と驚くほど正確に言い当ててきて少し冷や汗をかいたが、歴史オタクの同志と勘違いしてくれて助かった。
……いや、そんなに間違ってはいないが、俺は研究者であってオタクという言い方は少し……
「うぅ……」
そんなどうでもいい考え事をしていると、膝枕で寝かせていたアカリが目を覚ます。
何故わざわざ膝枕をしてやったかと言うと、幾ら揺れが少ないとは言え、固い木の上に放っておくのは忍びないと言うのが理由の一つ。
もう一つの理由は――
「お前、どっちだ?」
目覚めたのがアカだった場合、直ぐに再び眠らせる為だ。
俺はアカリの頭を固定し、いつでもデコピンが打てる状態を維持し返事を待つ。
「私……明だよ」
疲労の色が濃いアカリの返事に、俺は押さえていた手を放す。
「そうか」
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
「いや、気にするな」
肉体的な疲労だけでなく、精神的にもかなり参ってる様子だ。
どちらも大きく変化したのだ。負担も相当なものだったのだろう。
一応「実はアカだよ、バーカ!」となる可能性も警戒していたが、杞憂だったな。
「……って言うかアカの時の記憶あるのか?」
もしアカリの記憶がアカと入れ換わった瞬間で途切れているならば、まずは状況を確認しようとする筈だ。
なのに落ち着いていると言う事は、アカの記憶があると言う事だ。
「うん……まるでVRでドラマ見てるみたいな感じで、割りとしっかり憶えてる」
アカリにとって其れが良い事なのか悪い事なのかは微妙だが、俺としては説明が省けて助かる。
攻撃手段など、アカの動きはアカリにとって参考となる部分も多かったしな。
「そうか。今は疲れてるだろう。ゆっくり休め。
――と言いたい所だが、今寝て夜に眠れなくなっても困るよな」
「え?いや、私はお昼寝とか頻繁にするし、眠れない事は――」
「まだ街に着くまで時間はたっぷりあるんだ。起きてるとなると退屈だろう。
暇な時間で雑談としてVRとやらについて、たっぷり教えてもらおうか」
「しまった。クラウスはそう言う所あるんだった……
えっと~VRって言うのは、バーチャル……なんだっけ?
とにかくバーチャルなんとかの略で……」
割りと中身がスカスカなアカリの話を聞きつつ考える。
今後、重要になってくるのはアカが発現する条件だ。
睡眠や気絶で意識を失う度に切り替わる……だと厄介だが、アカリがアカに変わる直前に気を失った様子は無かったとアキナから聞いている。この線は薄いだろう。
他に考えられるのは、出血、竜化、痛み、その他の過度なストレス……アカリにストレスなんかあるか?
流石に「湯船にお湯がない!」とかで人格が変わる事は無いだろう。
なら、出血と竜化と痛み、この三点にだけ気を付けていれば良いか
……それ、意外と厳しいな。
―――ウル視点―――
「……見えた」
巫女を追って龍の里を出て二週間。人間の国が発見出来るまで長かった。
隠密行動が苦手な私達は、龍の姿を人に見つからない様に慎重な行軍だった為に時間がかかってしまった。
「さて、どんな服が僕を待っているのかな」
「あ、師匠!課題の服、全部縫い終わりました!」
「いや~疲れたっすよ」
服馬鹿、服馬鹿、只の馬鹿。
行軍と呼ぶには巫山戯過ぎたメンバーだけれど……
「……何してる」
もう直ぐ街に着きそうだと言うのに、テイラーは立ち止まって筒を二つ繋げた物を目に当てている。
「双眼鏡で街の人の服装を見ているんだ」
ソウガンキョウが何かは知らないが、見てると言うことは恐らく視力魔法系の魔導具だろう。
研究者は、こんな時まで趣味を優先している。
ある程度の自由は見逃してきたが、流石にこれは注意せねばなるまい。
「……任務中」
「そうっすよね~
ちゃんと自分の仕事してて偉いっすよね~」
……なんだか、私と馬鹿の話が噛み合っていない気がする。
私が不思議に思っていると、研究者はマジックバッグから糸の塊を取り出し、高速で手元を動かし始めた。
あまりに気持ちの悪い動きに私が固まっていると、手を止めた研究者が糸だった物を渡してくる。
「はい、これ君の分ね」
糸だったそれは、ワンピースと呼ばれる服になっている。
……そう言えば、こいつは人間に馴染める服を作れると、旅の初めに言っていた。
どうやら、私が勝手に趣味だと勘違いしていた様だ。
……まぁ、上官の小さなミスは部下がカバーすれば良いのだ。
それに、誰も私の勘違いに気付いていない。だから全く問題はない。
渡された服を観察してみて、ふとあることに気付く。
「……派手」
里では基本的に服は支給品であり、それらは全て無地なのだ。
騎士団の戦闘服や神官の儀式服など特別なものを除き、服とは裸を他人に見せないと言う役割を満たすだけの物だ。
人間達に溶け込む為には、普通の服を用意するべきなのに、何故特別なものを用意するのか。
それを聞こうとして顔を上げた時に、気が付く。
三馬鹿全員が既に派手な服を着ている事に。
服馬鹿の二人は良い、だが何故サラまで派手な服を着ているのか。
「……サラ、その服」
「あ、やっとウルも気付いたっすか?
いいっすよね~この服。支給品のじゃダサくて困るっすよ」
ダサい。サラが良く使う「気に入らない」と言う意味の言葉だが、意味は分かっても感覚で理解出来ない。
支給品に差はない筈なのに何故サラが既に持っているのか。
「……何故?」
「あんなダサい服を着るの嫌だったんで、時々テイラーの所に行って貰ってたんすよ」
里でサラに会う時は常に龍形態だったし、旅が始まってからも服に関心など無かったので今まで全く気付かなかった。
「里の近況を教えて貰うのが対価だったから、あげたんじゃなくて取引だよ」
「雑談するだけで、イケてる服もらえるなら無料みたいなもんっすけどね~」
サラは騎士団に所属しながら、里に居た時点で研究者と協力関係にあったのか。
「僕達はそのままでも地味だし溶け込めそうだから、ウルが着替えたら出発しようか」
「は~いっす」
「はい!」
サラは研究者との取引を何て事はない様に語っているが、これが里中に知れ渡ればサラと仲良くする者は全く居なくなるだろう。
それだけじゃない。部下の管理不行き届きで騎士団長も責められるだろう。
これは下剋上に使える良い手札を手に入れた。
「……フッ」
「ん?何か楽しい事でもあったっすか?」
「……別に」
「ふ~ん。そうっすか」
サラの愚かさには感謝しかないな。
雑補足
・VR
バーチャルリアリティの略称
仮想現実。ゴーグルとか付けて自分がCGの中に入り込む方。
・無地
模様も何もない、ただ一色であること。
龍の里では、家の外で人間態になる事が滅多にない為、服への関心が非常に薄い。
里の全員が上下グレーのスウェットでも誰も気にしない。