後片付けは楽じゃない
―――クラウス視点―――
気を失ったアカリを抱え、念の為に怪我の具合を診てみる。
予想通りではあるが、人間のものに戻った左腕にナイフで切られた傷痕は無く綺麗なものだ。
竜化とは、人間の体を竜の皮膚で包み込|んでいる状態だ。
それが痂の様な役割も担う為、体内になった部位は急速に回復する。
恐らくアカリの場合、その働きをさせる為に本能が無意識に竜化させたのだろう。
アカと言う厄介の種のおまけ付きで……
だが、とにかくアカは抑え込んだ。
報告や後片付けもあるし、《不屈の闘志》の所へ戻るか。
――――――
「此方は片を付けたぞ」
寝息を立てるアカリを見て、皆一様に安堵の溜め息を吐く。
リリまで自分を心配してたとアカリが知ったら、喜んであの白い尻尾に抱きつきそうだ。
「良かった……此方も大凡は終わったよ」
ピートが指差す先には、一定数毎に縛られて纏められた盗賊達。
ハチャや樽柄などの特別厄介なのは個別にキツく捕縛している。
すると一人の盗賊が目覚――
「あれ?俺は――」
「フン!」
――めなかった。
「……ああやって、目が覚めた奴は片っ端からリリが眠らせてるんだ」
成る程。わかりやすい例に自らなった盗賊には感謝だな。
その場で仁王立ちを維持しながら、ハンマーを伸ばして殴れるリリは確かに見張りに向いている。
「それで纏めたは良いが、どうやって運ぶつもりなんだ?」
「ん?馬車に繋いで引き摺って行くんじゃねぇのか?」
ピートの疑問にヴェルが答える。
それが一番楽ではあるが、恐らくそれは不可能だ。
「流石に五十人は摩擦が強すぎて馬が耐えられません」
アキナの言う通りだ。
一人二人なら可能だっただろうが、これだけの人数となると俺達がある程度分担して運んでも無理だ。
「ならどうする?」
「嬢ちゃんには悪いが多少は殺すしか無いんじゃないか?」
まぁ、そう言う結論になるのは仕方ない。
しかし、女神に見つかる危険が拭えない以上は、俺が居る場での殺人は許容できない。
仕方ないので、避けたかった苦肉の策を提示する。
「あー、俺が馬車を出そうか?」
「は!?兄ちゃん馬車持ち歩いてるのか!?」
こいつらが持っている魔導具は伸縮魔法によるものだ。
伸縮魔法は質量を変化させる程に、加速度的に負担が増える。
俺のマジックバッグも伸縮魔法の魔導具だと考えていれば、驚くのも無理はない。
「まぁ、なんだ……魔力には多少自信があってな」
嘘は吐いていない。
それに、空間魔法だって質量が大きければ負担が増えるのは変わらない。
二次関数的に負担が増える伸縮魔法と比べたら遥かに楽だが。
「あれだけの戦いの後で、まだそんなに余裕があるのかよ……」
「だが、クラウスの申し出は非常に助かる。
……アキナさん、それなら運べるだろうか?」
「お二人程が後ろから押して頂ければ、平気かと」
「「「二人……」」」
俺達、三人は顔を見合わせる。
リリは盗賊の見張りとして、馬車に乗るべきだ。
アキナも御者としての役割があるし、依頼主に力仕事を押し付けると言うのも不味いのだろう。
となれば、俺たち男三人の中から一人だけが過酷な肉体労働を避けられる。
俺は正直どちらでも良いが、この二人は只でさえ疲労しているから必死だ。
「……で、誰にする?」
「俺は魔法使いだし体力は――」
「嘘を吐くなヴェル。
冒険者として生活する上で、基礎体力は散々鍛えたじゃないか」
「そうだよな、魔法使いの俺ですら鍛えてるんだから、お前達はもっと鍛えてるよな!」
「ヴェル、その理屈はズルいぞ!」
「なぁ、もう適当にじゃんけんとかで……」
俺達が醜い小競り合いをしていると、もう一人のメンバーから喝が入る。
「何をグズグズしてんだい!
索敵も出来るクラウスがガキの様子も見ながら馬車に乗る!
それ以外にあるかい!」
「うっ……」
「確かに……」
言い返せない様子の二人。
盗賊は五十人も居るのだ。リリは監視に集中した方が良い。
だから見えない盗賊の数を正確に数えた俺に索敵を任せるのは正しいし、アカリが目を覚ました時にアカリかアカか確認する為にも俺は傍に居るべき。
非常に利に適っている。
「まぁ、二人には散々助けてもらっているし――」
「――このくらいは俺らも頑張らないとだな」
ピートとヴェルも直ぐに気持ちを切り替えた様だ。
流石は冒険者、過酷な仕事には馴れているのだろう。
「さぁ、無駄に時間を食っちまったからね。
暗くなる前に街まで急ぐよ!」
リリの言葉を聞いた二人の悲痛な顔は、見なかった事にしよう……