全てが違う訳じゃない
長め
―――ピート視点―――
拳と拳がぶつかり合い、衝撃が此方にまで伝わってくる。
それは兄妹喧嘩と呼ぶには余りにも次元の違う戦い。
「《不屈の闘志》は今の内に、盗賊の捕縛を頼む!」
クラウスにそう言われ、やっと現状を再認識する。
「……ああ、わかった!」
(そうだった。ボサっとしてる場合じゃない。
依頼は護衛、及び盗賊の捕縛又は撃滅。全く終わってなどいないんだ)
「出来るだけ死なせずにっ……頼むぞ!」
ぶつかり合いながらも、此方にまで気を使うクラウス。
彼の頼みに答えなくてどうする。
「リリ、外傷の少ない盗賊を縄で纏めてくれ。
ヴェル、出血の酷い者には止血を頼む。
恐らくまだ気を失ってるだろうが、油断はするなよ!」
「あいよ!」
「任せな!」
僕は二人を手伝いつつ、警戒とアキナさんの護衛だ。
アカリちゃんは、クラウスが抑えきれるだろうか。
……とにかく信じるしかあるまい。
―――クラウス視点―――
身体魔法で脚を強化して駆ける。
拳同士のぶつかり合いは五分五分だった。
ならば、体力に自信のある俺の方が有利だ。
竜化は爆発力こそあるが、流石に持久力まで上がる程、便利なものじゃない。
速く――少なくとも普段のアカリならば認識出来ない速度で肉薄する。
視覚を補助する魔法を持たないアカでは防げない筈だったが――
『プロト』
進行方向に不可視の壁を出され激突する。
ダメージは大した事はないが、完璧に対処されてるのは不味い。
「……お前の目じゃ見えない筈だが、どうやった?」
俺の質問にアカは自慢げに答える。
「簡単だ。弱く小さい『プロト』をそこら中に配置する。
それは妨害こそ出来ないが、触れられた事は認識出来る。
だから俺は見る必要なんて無い。
クラウスの『探知』と違い、感覚で認識するから『感知』って所か?」
成る程、そこら中に触覚を有している状態と言う訳か。
アカの言う通りの性能なら、何が通過したのかは分からないから、先程までの様な乱戦には不向きだ。
だが、今の様に敵しか居ない状況では比類なき強さを発揮する。
それにしても、アカリは以前「敵に手の内は明かさない」みたいな事を言っていたが、何故かすんなりと魔法の事を教えてくれるな。
理由はわからないが、此方としては非常に助かる。
(だが、近付けない事に変わりはない。
遠距離攻撃が乏しい俺としてはピンチだな)
俺が次の手を考えている間にアカは動き出す。
『この声よ届け』
(なんだ?何故この状況で『この声よ届け』を使った?)
あの魔法は、空気の振動を操るだけ魔法。
それ単体では攻撃にならないので、何かの下準備なのは間違いない。
(……そうか、音の道を作ったと言う事は!)
「不味いっ!」
『クラップ!』
耳を塞ぐのが遅れて、直撃を食らってしまう。
「ぐっ!」
あまりの爆音に、眩暈がして立ってるのがやっとだ。
俺の動きが止まったその隙に、飛んできた竜の拳が捩じ込まれる。
「がはっ!」
『クラップ』なかなか厄介な魔法だ。
今の様に直撃を食らったら大きな隙が出来るのは勿論、両手で耳を塞ぐのも十分に隙になる。
それに、先程『感知』の概要を聞き出せた様に、会話は重要な要素だ。鼓膜を破る訳にもいかない。
「全力のあいつが、こんなに強いとはな……」
殴られた腹は大した怪我じゃない。
だが、このまま只々食らい続けるのは不味い。
(アカの魔法の使い方を見ていると考えさせられるな)
『プロト』を流用して、自分に足りない感覚を補った。
『この声よ届け』を併用する事で『クラップ』を周囲への無差別攻撃から実用的な攻撃まで昇華させた。
これらは俺やアカリが、少なくともまだ考えついていなかった使い方だ。
偉そうにアカリに教えていたが、俺もまだまだ学びが足りない様だ。
『クラップ』が効くとわかったんだ。遠距離攻撃が他には『エアガン』しかないアカは、必ずもう一度使ってくる。
前もって分かっていれば防げない魔法じゃない。
(……いや、どうせならカウンターと洒落込むか)
アカが手を広げ予備動作に入る。
(……今だ!)
『クラップ!』
『ゲート!』
『クラップ』に合わせて、アカの前に出現させたゲート。
(繋げるのは――あいつの後ろだ!)
「一人で聞いてろ!」
『この声よ届け』は音の道を作る魔法。
ならば間に障害物の無い今は最短距離、つまり直線で繋げている筈。
それならば、駆ける俺を『プロト』を置いて防いだアカに倣い、音速の振動を『ゲート』で送り返す!
「うるっさ!」
耳を抑えて苦しむアカ。
アカリの時も含めて、自分で聞くのは初めてだろう。
これで気絶してくれれば文句なしだったが、流石にそれは高望みだった様だ。
「なにしやがる!」
「俺に遠距離攻撃を撃てば良いと思ってる馬鹿へのお仕置きだよ!
さぁ『クラップ』でも『エアガン』でも撃て。全て跳ね返してやる」
嘘だ。
『エアガン』はともかく『クラップ』は、アカが『この声よ届け』を最短距離で使っていたから『ゲート』で防げたのだ。
多少のタイムロスを許容して遠回りして来たら、『ゲート』じゃ対応しきれない。
だがアカリなら俺の虚勢を信じる。
果たしてアカはどうか……
「だったら……殴り飛ばす!」
(よし!かかった!)
アカリと違い、俺には視覚を強化出来る身体魔法がある。
高速で突っ込んでくる程度、簡単に対処出来る。
『プロト』
だが、アカは自分の前に出した『プロト』を踏み、跳躍する。
「足場にしやがったか」
『プロト』はその場に空気の壁を設置する技。それはつまり、味方や術者など関係なく加わる力を全て跳ね返す物。
身を守る盾としてだけでなく、足場として利用する事も可能なのだ。
不可視の壁と言うのは、防御に使われるだけでも厄介だったが、攻撃に転用されると余計に其れが活かされる。
出す場所、サイズ、タイミング、全て使用者にしかわからず、いつ消すのかも自由な為、下手に動けばぶつかる可能性もある。
俺の周囲を飛び回る様な、縦横無尽の立体起動に翻弄される。
(視覚に頼らずにこんな動きが出来るとは……)
迂闊にアカの攻撃に合わせようとすれば、タイミングをずらされ伸ばした腕を戻す前に殴られる。
このままではジリ貧で負けるが、このまま食らい続ける程に俺も愚かじゃない。
一つ思い付いている方法がある。
アカも、別人格とは言えアカリと同じ所はある。
例えば身長や、服装。それらはアカリの体なのだから同じで当たり前だ。
今の攻防の間に、あれも確認した。
この方法が効けば、アカは致命的な隙を晒す事になる。
下手をすれば隙を作るどころか、アカからの攻撃が苛烈になる危険性もあるがやるしかない。
(タイミングを計って……今だ!)
アカが此方に真っ直ぐ突っ込む、その瞬間を狙う。
俺が攻撃の素振りを見せれば再び『プロト』で避けられるだけだが、これは攻撃じゃない。
強いて言えば口撃。
アカリならば必ず反応する一言。
俺が指を差し、示した先はアカの――下半身。
「アカなのに、白なんだな」
「ちょっ!」
咄嗟にスカートを抑えるアカ。
立体起動のお陰で確認は容易だった。
「戦闘中は相手から意識を外すなよ」
俺の言葉で意識をスカートから此方に戻すが、もう遅い。
アカの眼前には、親指で無理矢理に抑え込んでいる俺の人差し指。
「おやすみ」
それは魔法でも何でもない、只のデコピンであった。
雑補足
・白
この世で最も下心のない覗き。
ヴェルやピートは自分達の仕事に集中していて、聞いていないし見ていない。