迷う者、迷わない者
樽を動かし細い通路を作る。かなり狭いのは我慢してもらうしかない。
アキナさんを奥にやり、私がその前で警戒する。
外はクラウス達が防衛してくれているが、誰もが疲労している。
隙を突いて敵が入ってくる可能性は十分にあるのだ。
(不甲斐ない……)
思考する余裕が戻ってきた事で、後回しにしていた感情が押し寄せてくる。
(クラウスに、私も守るべき弱者と言わせたのが情けない。
ミソラちゃんに「盗賊を捕まえてくる」と言ったのに、寧ろ皆の足を引っ張っている現状が情けない)
幾ら才能を持っていても、其れを発揮できなければ意味がない。
私は無意識に拳を強く握り締める。
(もっと強い力があれば……
もっと強い心があれば……)
「あの……大丈夫ですか?」
不安そうに眺めてくるアキナさん。
守る者が恐い顔をしてたら、守られる者は安心出来ない。
「アキナさんには指一本触れさせないから、大丈夫だよ!」
笑顔でそう答えると、アキナさんはまだ少し言いたげだったが口を噤んだ。
これで少しは安心してくれただろうか。
すると馬車の後ろの幕を捲り、何かが入ってくる。
目視ではほとんどわからないが、目の前に何か居る。
『エアショットガン!』
外れた空気弾が幾つかの樽を傷付けたが、確かに何かに当たった弾もある。
「ぐっ……!」
幕の一部が歪み、何かが手を突く。
(これは、手の形をした幕……?)
「染色魔法か!」
アキナさんの言葉で合点がいった。
手の形をした幕ではなく、幕の色に染められた手か。
恐らく、染色魔法とは背景と同じ色に体を染める魔法。
だとすれば、歪んで見えたのは服の皺か。
「バレちゃあ仕方ねぇ!」
チャキとナイフを構える様な音がする。
ご丁寧に武器まで染めているらしい。
だが見えない攻撃には見えない壁で対処する。
『プロト!』
ブン!と高速でナイフを振るったであろう音がする。
『プロト』の感触的に、初撃は上手く弾けた。
(でも、次はどうする?
もう一度『エアショットガン』を撃つ?
いつ攻撃が来るか、全く予想出来ないのに?)
この染色男が入って来たと言うことは、恐らくクラウスは手が塞がってる状態だ。
今回は助けてはもらえないのだ。
(……違う。いつまでもクラウスに頼るな私!
自分で……自分でやらなきゃ!)
指を構え、攻撃に転じる。
『エア――』
意を決して、一度『プロト』を解除する。
『プロト』は空気の壁。発動しっぱなしでは私の攻撃も阻んでしまう。
だが、それを理解しているのは私だけではなかった。
『ショット――』
構えた指先に毛の当たる感触がした。
そちらに意識を向ければ僅かに歪んだ樽が見える。
(やば……っ!)
『エアショットガン』を使うときは指を構える事。
そしてそれは『プロト』を貼りっぱなしでは撃てない事。
先程の攻防だけで全て気付かれたのだ。
冷静に考えれば、もっと安全な方法はあった。
だが今さら気付いても、もう遅い。
『エアショットガン』を撃つために指を構えた私の左腕を、冷たい刃が這う。
「っ!」
(痛い……熱い……)
そんな感情は言葉として口から出ていかない。
心臓が早鐘を打つ。
だらりと下ろした左腕が赤く染まっていく。
視界の隅で、樽の色をしたナイフが振り上げられるのが見える。
だが、そんなものを気にしている余裕はない。
(痛い。熱い。熱い。熱い。熱い!)
その瞬間、私は切り替わった。
―――クラウス視点―――
(……しまった!)
油断していた。
馬車の狭さから考えて、入って来れる盗賊は精々一人だけ。
それくらいアカリなら平気だと考えていた。
だが、念の為に定期的に使っていた『探知』で、俺が確認したのは腕を切られるアカリの姿。
あの程度の攻撃を食らうなんて、俺が思っていたよりもアカリの疲労は深刻な様だ。
このままじゃアカリが危ない。
(盗賊が近すぎる。アカリを『ゲート』に落としたんじゃ一緒に侵入される可能性もあるか……)
刹那の時間で解を見つけ行動に移す。
全力で加速し、オオデンタを振りかぶる。
幾ら不殺のオオデンタとて、龍人が全力で人間に当てたら殺してしまうかもしれない。
只、だからと言ってアカリを見殺しにするくらいなら、俺は女神を怒らせる方を選ぶ。
(間に合えっ!)
だが、俺が刃を振るうよりも速く、ドン!と言う爆音が響き其れが飛び出した。
――――――
高速で茂みの上を跳ね、其れはやっと止まる
だが其れの答えに、近くに居た盗賊の一人は戸惑いの声を上げる。
「え?」
其れは、鼻を砕かれ気絶している樽色の盗賊なのだから。
こんな威力の攻撃をする人は、この場には居なかった。
或いはクラウスなら可能かもしれないが、彼ではない事は確かだ。
戦場に訪れた異様な沈黙。
全員が手を止め、盗賊が飛び出してきた馬車に注目する。
現れたのは、普段の姿からは考えられない程に獰猛な笑みを浮かべた少女。
「さぁ、こっちのターン開始だよ」
それは左腕が赤い鱗に覆われた、日野明であった。