しがない研究者
『ゲート』を潜り抜けた先は、広めのリビングだった。
木材の床、丸太の壁。この建物はログハウスかな?
テーブルに椅子。久しぶりに感じるな。
植木鉢にはアロエ。観葉植物だろうか、齧ったら怒られそう。
綺麗な硝子窓。から見える外には、自転車!
……自転車!?素体は木材みたいだけど、あれは間違いなくママチャリだ。
「おい、ウキウキで見て回るな。そこかしこをベタベタ触る前に手を洗え。……手を洗っても窓はあまり触るな、指紋が付く。」
早速注意されてしまった。
子供じゃないんだから窓は触らないよ!……そんなには。
異世界にしては、かなり文化が発展してるらしい。
地球人の勇者は既に存在してるみたいだし、その人が文化を教えたとかかな?
魔法の世界で自転車が普通に置いてあるは違和感がある。
クラウスさんの指示に従う為に洗面所に移動する。
洗面台で蛇口に手を翳すと、水が出てくる。
ここまで来ると現代の我が家以上の文化レベルだ。
リビングに戻ると、クラウスさんが座って待っていた。
「さて、それでは長い話とやらを聞かせてもらおう」
「そうですね。では、あの日の出来事から話すとしましょう」
余計な話はせず私の経緯を話すには、私が死んだ日から始めるしかない。
「夏の夕暮れ。汗ばむのも気にせず道端で口論する、制服姿の学生が―――」
「待て!そんな情景の描写は要らないから、事実だけを並べろ!
そんな朗読劇みたいにする必要はない」
止められてしまった。
私の経緯を伝えるには、これが一番なのに。
でもクラウスさんも頭を抱えてるし、具合が悪いのかもしれない。
今日は簡潔に纏めて話すとしよう。
――――――
「……で、俺と出会ったという訳か」
全てを話し終えると、もう日が沈みかけている。
「そういう訳で、作物勝手に食べちゃってごめんなさい!」
やっときちんと謝れて、心が幾分軽くなる。
経緯を話してる間もこれがずっと心に引っ掛かってたからね。
「いや、構わん。どうせ里の奴らに言われて作ってた物だ。
悪戯ではなく生きる為なのであれば、お前に食われた方が幾分気分が良い」
度量の深い優しい農家さんだ。
「クラウスさん……」
私が感動していると、クラウスさんは苦笑いを浮かべる。
「出会って数時間の俺が言うのもおかしいが、お前かなり猫被ってるだろ。妙に鳥肌が立つから普段通りにしていいぞ」
「な、なんでわかるんですか!?クラウスさんは読心術の使い手ですか!?それとも魔法ですか?魔法ですね!使用を禁じます!」
私は慌てて捲し立てた。
何故バレたし……
初対面の人に丁寧に接することに於いて、明ちゃんの右に出る者は居ないだろうに。
「怒ってる奴に「本業は芸人なのか?」なんて言う奴だぞ?ボロは出まくりなのに張りぼてで誤魔化すから、正直気持ちが悪い。
あと、敬語も要らん。なんか煽られてる気がする」
もう何度目かわからないが、クラウスさん……クラウスは頭を抱えている。
全く失礼な!明ちゃんの対応は完璧なのに!
「それじゃあ、改めまして!
天才……は今日は返上してるので、只の美少女、明ちゃんです!
これからは、クラウスって呼ぶことにするから。よろしくね」
とびきり可愛いウインク付きで挨拶し直す。
「化けの皮を剥がした事を、既に少し後悔している……
あー、俺も改めて自己紹介するとしよう。
この人類文化・魔導具研究所の所長にして唯一の職員、研究者のクラウスだ」
これまた今日何度目かわからない溜め息と共に、挨拶し直される。
研究者なのか。てっきり農家かと思ってた。
「……あの作物達は里に納める為に、世話要らずでも育つ様に品種改良したものだ。
食文化の研究には役立ってるが、あくまで仕方なく作ったものだからな!俺は断じて農家などではないからな!」
また心を見抜かれた!
一体何故だ!
「お前、感情が顔に出過ぎなんだよ。少しは隠す努力をしろ」
衝撃の事実である。明ちゃんの人生でも五本の指に入る程の大きな衝撃。
なんてことだ。ポーカーフェイスには自信があったのに……
「このままお前の顔に答え続けてたら一生話が進まんから、ある程度無視するぞ」
クラウスが何か話をしたがっているので促す。
「先程の自己紹介の通り、俺は人類文化の研究をしている。中でも俺が一番関心を持っているのは勇者世界の文化だ。
この家の中が勇者世界を模しているのは、お前も気付いただろう?」
私が頷くとクラウスは演説を続ける。
「そこに勇者世界から、使命も泊まる宿もないお前がやってきた。
つまり、何が言いたいかわかるな?」
「全然わかんない!」
私の元気一杯な答えに、クラウスが呆れながらも続けてくれる
「つまり、宿として我が家を提供してやるから研究に協力しろってことだ」
私は腕を組み、深く考える。
願ってもない提案だ。正直、心の大半は考えるまでもないと言っている。
だが、うまい話には棘があるとも言う。
……棘じゃなくて毒だったっけ?
なんにせよ、疑えってことだ。
じっくりしっかり考えて結論を出さねば。
私が悩んでいると、クラウスがダメ押しの一言を放つ。
「……今日の夕飯はハンバーグだ」
「お世話になりやす!!!」
うまい肉には刺も毒もないからね。