冒険者は伊達じゃない
長め
―――ピート視点―――
戦いが始まり、僕は即座にハチャの所まで駆け抜ける。
数人の盗賊からの攻撃を避け、ハチャの首筋を目掛けて振るったナイフは剣で弾かれた。
リーダーを早々に始末すれば、集団の弱体化を図れると思ったのだが……
流石は二つ名持ちの冒険者。そう甘くはない。
「これだけの盗賊を、どうやって纏めあげた!」
剣戟を繰り広げながら、ハチャと言葉を交わす。
「簡単さ。俺はずっとCランクの冒険者として働いてきた。
Cランクは対人の依頼、つまり盗賊に関係するものばかりだ。
そこで培ったノウハウを盗賊共に持ち込んだ。「俺の部下になれば、絶対に捕まらずに盗賊が出来る」ってな!」
確かに盗賊からしてみれば、敵の情報は喉から手が出る程に欲しい物だ。
それこそ、部下として従う事になってでも。
「しかし、どうやって作戦の情報まで掴んだ!
我々は情報が漏れない様、厳重に警戒していたと言うのに」
僕の問いに、ハチャは嘲笑う様に答える。
「厳重過ぎなんだよ。
今の時期にCランク以上の冒険者がギルドに集まってれば、盗賊の殲滅作戦だと予想がつく。
それが極秘ときたら尚更だ」
「成る程、冒険者ギルドに常在している仲間も居るのか。
街に着いたら、そいつも捕まえなければな」
余程勝てる自信がある様で、簡単に情報を吐いてくれるのは助かる。
後は賊共を討伐し、この情報を持ち帰れば良いだけだ。
「おいおい、この状況から生きて帰れると本気で思ってるのか?」
ハチャの剣の勢いが増す。
手合わせするのは初めてだが、厄介なものだ。
Bランクに上がり護衛の依頼を受ける事が減っても、対人戦の訓練は続けていた。
だが、実戦で常に戦ってきたハチャの実力は伊達じゃない。
「確かに強いが、この程度なら大した事はない。
剣舞なんて二つ名も、大袈裟だね!」
今の言葉も半分は虚勢だ。あと少しでも剣の速度が増せば、僕は会話する余裕もなくなるだろう。
だが、もう半分は本心だ。怪我をする前の師匠の方が余程強かった。
(だから、まだやれる!)
「爺の金魚の糞が調子に乗るなぁ!」
ハチャの剣の動きが変わる。
成る程。剣舞とは、よく言ったものだ。
僕は先程から、奴の攻撃を全ていなしている。いや、いなす様に仕向けられている。
流れたハチャの剣は、そのままの勢いで次の攻撃となって襲いかかってくる。攻撃が通らないと判断した瞬間に、その攻撃を捨て次の攻撃への布石に変化させているのだ。
これはまるで剣による演舞、両者の攻撃は全てハチャが決めた演目通りであるかの様。
(これは一対一じゃ勝てないな)
だが、それでも僕は余裕の表情を崩さない。
「なんで、まだ絶望しない!」
ハチャへの答えは、彼の振り下ろした剣が不可視の壁に弾かれた事が物語る。
「幸運にも、助っ人が居るからさ」
―――明視点―――
『プロテクテクト!』
アキナさんを含む全員に防御壁を張った。
これで大抵の攻撃は平気だろう。
少なくとも、破られる様な事があれば私に伝わる。
後は、邪魔に徹していれば良い。
『暖房!』『冷房!』
「なんだ!?今むわっとしたぞ?」
「うわ、寒っ!」
盗賊が固まっている辺りの気温を滅茶苦茶にする。
これにより、きっと盗賊のコンディションはガタ落ちだ。
温度差による体調不良は、案外馬鹿に出来ないものである。
更に――
『エアガン!』
「あてっ!」
「うげっ!」
外してもフレンドリーファイアしない様な位置の盗賊は、積極的に狙っていく。
正確に頭に当てないと気絶させる事は出来ないが、適当な位置に当たるだけでも結構痛いであろう。
だが、そんな邪魔を続けていれば当然――
「ガキを狙え!あいつが魔法使いだ!」
(やば、目立ち過ぎちゃった)
だが、いつも私を助けてくれる声がする。
「やるじゃないか。後は任せろ」
「クラウス!」
彼は溶刀ムラマサよりも短い刀を構え宣言する。
「さぁ、雑魚狩りの時間だ」
―――クラウス視点―――
相手は人だ。魔物じゃない。
龍人による殺人とあっちゃ、再び女神の逆鱗に触れる可能性もある。
今度怒らせたら、竜人すら通さない結界を作られるかもな。
まぁ、要するに今回は不殺の方が良いって事だ。
(必要なのは必殺の溶刀ムラマサじゃない)
取り出した刀に魔力を込める事で、ミスリル特有の翡翠色が蒼白く染まっていく。
「冷刀オオデンタ。実践で使うのは初めてだな」
「え、それ大丈夫?」
初めてと言う言葉で不安にさせた様だが、心配は要らない。
「俺が作った魔導具だぞ?
俺が誰よりも理解している!」
「覚悟ぉ!」
盗賊が威勢良く突っ込んでくる。
俺に向かい振るわれた剣に、オオデンタを合わせる。
ムラマサとオオデンタは対になる様に作ってある。
ムラマサが必殺なら、オオデンタは不殺。
「ムラマサが溶解なら――」
バキンッ!
盗賊の剣が音を立てて砕け散る。
「――オオデンタは凍結だ」
「俺の剣が!」
自分の剣が突然折れた盗賊は狼狽している。
冷刀オオデンタは触れた物を急速で冷凍し、脆くなった所を破壊する。
武器が無くなれば、盗賊も続けられまい。
「そのまま素手で殴りに来ても良いぞ?
同じ様に破壊してやる」
怯えた雑魚は後ろに下がっていく。
相手の攻撃に合わせるだけで無力化するオオデンタは、この戦いに丁度良い。
(だが、このペースでは遅すぎる。
多少は此方からも叩き壊しに行くか)
―――リリ視点―――
「クラウスが強いのは知ってたけど、武器もあそこまで強いとはね」
片手盾で盗賊の剣を防ぎつつ、ハンマーを伸ばし殴り飛ばす。
伸縮魔法が刻まれたアタイの武器――エクスタンドを使った本来の戦い方なら、クラウスにだって負けていない――と思っていたが、あの動きを見てると少し自信もなくなるってもんだ。
(まぁ、アタイ本来の役目は敵を抑えることさ)
チラリと見れば、ヴェルも酒瓶を手にして準備万端だ。
「間違って他を巻き込むんじゃないよ」
「おいおい、どれだけこの魔法を使ってきたと思ってんだ?」
ヴェルは酒好きだが、戦闘中に趣味の酒を取り出す奴じゃない。
あれは戦闘用の酒だ。
ヴェルが得意とする魔法。
それは修繕魔法ともう一つ――
―――ヴェル視点―――
酒を口いっぱいに含む。
本当なら今直ぐにでも飲み干したいが、こんな酒精の強い酒を今飲んだら、戦闘どころではなくなってしまう。
口が酒で塞がっている関係上、この魔法は脳内詠唱で行うしかない。
ほんの一時とは言え、目を瞑り集中する必要がある脳内詠唱は、基本的に戦闘には向かないとされる。
だが、俺にはリリが守ってくれると言う信頼がある。
目を瞑っても何も問題は無い。
(俺の自慢の着火魔法を喰らいやがれ!)
『火種よ、灯れ――ファイアブレス!』
燃え盛る酒が俺の口から放たれる。
近くに茂みや馬車がある関係上、あまり多くの敵に当てられなかった。
だが、突然上がった火の手にパニックを起こした奴が居るのは僥倖。
「リリ、次は『ファイアバレット』でいくぞ!」
「あいよ!」
―――ハチャ視点―――
「ちっ!」
一番槍で突っ込んだ手練れの盗賊共が、既に五人も戦闘不能だ。
《不屈の闘志》とわかった時点で多少の消耗は予想してたが、この速度は早すぎる。
「どうだ。数の差で覆せそうか?」
余裕を取り戻したピートの顔がウザったい。
流石は高ランク冒険者と言ったところか。俺が憧れ続けた場所に居るだけの事はある。
(ますます腹立たしいな)
特に助っ人と言う刀使いが厄介だ。
だが、全盛期の爺程の精密さはない。あれならどうにかなる。
このまま攻めても負ける。
それならば、動きを変えるまで……!
「野郎共!フォーメーションBだ!」
雑補足
・伸鎚エクスタンド
伸縮魔法が刻まれたリリの武器。
持ち主の攻撃範囲を拡げ、確実に相手を気絶させる。