強さが全てではない
馬車の旅も二日目。
盗賊が現れるとは言え、ずっと気を張りっぱなしも疲れる。
だが、遊んだり昼寝をしたりするのは緩みすぎ。
つまりは、退屈な私は雑談くらいしかする事が無いのである。
「ねぇヴェル、《不屈の闘志》はBランクって言ってたけどさ。
冒険者にはAランクとか、その上のSランクとかもあるの?」
「いや、Aが最高ランクだ。
……嬢ちゃん、アルファベットには順番があってだな。ABC――」
「そのくらい知ってるもん!」
まるで、私がアルファベットの順番すら知らない子供の様じゃないか。
昨今のソシャゲに慣れた明ちゃんとしては、Aじゃ物足りなく感じてしまうが仕方ないか。
「俺達はBランク――つまり上から二番目だが、一番上のAランクに劣っているだけじゃないんだぞ」
「あれ?ランクって優劣を決める為の物じゃないの?」
「まぁ、ランクが高い程に強いってのは間違っちゃいねぇけどよ。
例えば、Aランクに求められるのは「強力な魔物の討伐」だ。
だが、Bランクに求められるのは「強力な魔物への対応」だ。
これが意味する事、わかるか?」
う~ん、難しい。
ランクが高い程に強いけれど、それが優劣とは違う。
何だか、なぞなぞみたいだ。
だが、もしかしたら私が深く考えすぎなのかもしれない。
「単純にBランクじゃAランクよりも弱いから、強力な魔物には勝てないって話?」
「そう、弱い。
だから、戦うんじゃなく、足止めや誘導で被害を抑えるのが大事なんだ」
成る程、適材適所と言うことか。
ヴェルもなかなか教えるのが上手だ。
常に酒臭くなかったら教師にもなれただろう。
「今の話は分かりやすかったんだけどさ、私の中でBランクは弱いみたいな印象付いちゃったけど大丈夫?」
「安心しな、あくまでも強力な魔物に対する話だ。
対人を想定した護衛と殲滅」はCランクの時に鍛えられている。田舎の盗賊に勝ち目なんかねぇさ」
ヴェルは胸を叩いて自慢気に語る。
成る程、それなら安心だ。
「……まぁ要するに、盗賊が出ても嬢ちゃんは嬢ちゃんに出来る事をすれば良いって事だ」
今の話はヴェルなりの励ましだった様だ。
私が緊張していると思われたのかもしれない。
だけど――
「大丈夫だよ。ありがとうヴェル」
私は天才美少女、日野明。
悪に屈したりはしないのだ。
――――――
昨日の照りつける陽射しとは打って変わって、今日は先程からどんよりとした雲が広がってきた。
その空模様は、まるでこれから起こる事態を表していたかのようで……
「……来たよ」
獣人特有の嗅覚で索敵を担当していたリリさんが、皆に合図を送る。
馬車を止め警戒していると、茂みから十人の男が出てくる。
皆、いかにも山賊と言った見窄らしい風体である。
リーダーであろう大男は、携えていた剣の切先を此方に向け宣言する。
「死にたくなければ、武器と品物は置いてきな」
盗賊の誰もが嗜虐的な笑みを浮かべる様は、切羽詰まった者の成れの果てではなく、この犯罪を選んでいる事を物語っている。
「……お前は、剣舞のハチャじゃねぇか!
なんだ、一匹狼から御山の大将に鞍替えか?」
「誰かと思えばヴェルじゃねぇか。
まさか《不屈の闘志》様が商人の護衛とはな」
ハチャと呼ばれた盗賊のリーダーと、ヴェル――と言うより《不屈の闘志》全員が知り合いらしい。
「CランクからBランクに昇格出来ずに腐ってるとは聞いてたが、まさか此処まで落ちぶれたとはな」
「うるせぇ!……あん?爺はどうした?
まさか、くたばったのか!?
そいつは僥倖。爺の居ない貴様らなんざ怖くねぇよ!」
「黙れ!師匠を愚弄するな!」
突然、黙って聞いていたピートさんが怒鳴る。
話の流れ的に、恐らく《不屈の闘志》にはピートさんの師匠である凄腕のメンバーが居たのだろう。
あの、いつでも冷静そうなピートさんが怒鳴る程だ。とても尊敬しているのだろう。
「落ち着けよピート。あいつが幾ら喚こうが、向こうには勝ち目なんてない」
そう。向こうは十人と言う数の有利こそあれど、そのリーダーであるハチャですらCランク冒険者。
対して私達は、Bランクの《不屈の闘志》に、そのメンバーに勝てるクラウス、そして天才の明ちゃん。
隙の無い最強の布陣である。
それなのにハチャは表情を崩さないどころか、より一層笑みを深めて語る。
「この作戦の立案者は随分と頭が回る様だが、俺と言う存在まで見抜けかったのが敗因だ」
「何?……そう言えばリリ。やけに静かだがどうした」
私達が振り返ると、リリさんとクラウスは盗賊の方を見ていない。
リリさんは茂みを睨みながら必要な情報だけを此方に端的に伝える。
「他にも居る……」
「一つの盗賊団につき、十人~十五人って話だったな。
まだ五人くらいが潜んでるって事か?」
詳しい人数までは知らなかったが、私も概ね同じ様に解釈した。
まだ残りがいるのだと。
しかし今度はクラウスが、より正確な情報で私達に衝撃を齎した。
「違う。四十人だ」
「は?」
素頓狂な声を上げたのは、果たして私達の中の誰だったか。
「そんなの、まるで――」
「そう、近隣の全ての盗賊団が此処に居る」
ハチャが指を鳴らすと、クラウスが宣言した通りの人数が茂みから現れる。
先程から姿を見せていた者も合わせれば、全部で五十人。
「さぁ、この人数相手にどうする?
お前等が幾ら喚こうが勝ち目は無いぞ?」