歴史に学ばないと
村人達によって、次々と樽が運ばれてくる。
大人でもギリギリ入りそうなくらい大きな樽だ。
その樽の一つ一つに、大量の小麦粉が詰められている。
そんな物を運ぶのは大変そうだ。気になって村人の一人に尋ねてみる。
「重くないんですか?」
「全然重くないよ。この樽は重量魔法の魔導具でね。
何を入れても一定の重さに出来るんだ」
両肩に樽を載せながら笑顔でスクワットしてる姿は、確かに軽いのだろうと伝わってくる。
「へぇ、便利な物もあるんですね」
「領主様がある時、大量に安値で売り出してくれてな。
この辺りじゃ何処の商会もこの樽を使ってくれるから、俺達は大助かりだよ」
笑いながら仕事に戻る村人を、笑顔で手を振りながら見送る。
魔導具は色々な所で普及しているらしく、機械化されていなくても其れに近い生活が営めてる様だ。
ただし――
「馬車は馬車なんだね」
その樽が運び込まれるのは、見るからに普通の馬車。
もしかしたら車体も何かしらの魔導具だったりするのかもしれないが、馬が牽引してる事が旧時代感を漂わせるのだ。
「もっとトラックみたいな魔導具とかないのかなぁ……」
「トラックって、車の事か?」
「そう。よく知ってるね」
突然クラウスが現れた事にも、もう驚かない。
クラウスはそういうものだ。
それよりも、自動車が伝わったのは意外だ。
銃を全く知らなかったのだから、これも知らないと思っていた。
「勇者関連の資料に魔導車に関連する物があってな。
回転魔法による魔導トラックの研究は、大昔の時点で存在してた筈なんだがな……」
回転魔法。これまたピーキーな性能してそうな魔法だ。
独楽とか陶芸とかの職人には向いてるかもしれない。
「魔導車なんてよく知ってますね。歴史好きですか?」
「ああ、あんたもよく知ってるな」
作業の指示を出していた商人さんが此方の会話に混じってくる。
荷も積み終わったらしい。
「父親が回転魔法使いでして、魔導車の話を知った途端「俺は魔導車で食っていく!」なんて言い出した事がありましてね」
「それは何とも……」
もう失敗するとしか思えない台詞を吐くお父さんだ事で。
「それで作らせてみたのですが、魔力効率が悪いのなんの。
普通の人間じゃ数メートル進んだだけで、へばってしまう程で。
魔導具のプロが作れば多少はマシなんでしょうが、今普及してないことを考えると――」
「成る程。日常的に使える物にはならず、研究は打ち切られたと」
「ええ。先人と同じ失敗をしてる父を見て、歴史は軽視してはいけないなと学びましたよ」
「古くから変わらない物には、相応の理由があると言うことだな」
要するに、トラックは難しくて誰も作れなかったと言う事か。
普通に機械として作れば良いのでは?とも思ったが、トラックの仕組みなんてほとんど知らないので黙っておこう。
「でも、全く変わらない訳ではありませんよ?
この馬車だって、最新式のサスペンションが使用されています」
「サスペンションって何だ?」
「はいはい!明ちゃん知ってるよ!
なんかバネみたいな奴でしょ!」
「アカリさん、正解です。
そう、車体の揺れを抑える事で、乗り心地を良くしたりするパーツです」
「成る程、勉強になった」
これは偶々覚えていたので、クラウスに知識マウントを取れた。
社会科見学かなんかで聞いた車の話なんて、いったい何の役に立つのかと思ってたけど、マウントを取るのに役に立つのか。
私達としては、この会話は此処で終わりだったのだが、変に火が着いた者が約一名。
「まぁ正確には、スプリングの他にショックアブゾーバーと言う部品もあるからこそ出来る事ではありますが。
そう!先程も言いましたが、このサスペンションは最新式でして、贅沢にもオイルスネイルの油を使用しているんですよ!
これによって従来のものよりも金属が――」
心のエンジンに点火した商人さんのトークは、どんどん加速していく。
恐らくは只のオタクトークなのだろうが、職業病と言ったところか最早セールスの様に聞こえる。
「誰だい、アキナに馬車の事を語らせた阿呆は」
リリさんの声に振り返ると《不屈の闘志》の三人も揃っている。
アキナさんって誰だ?……あ、商人さんの事か!
「ほら、もう行きますよ」
「――この車軸も……おっと、そうでした。
気を引き締めませんと」
ピートさんが現実に引き戻してくれたお陰で、アキナさんの馬車トークは漸く止まった。
最終確認も終え、いざ旅立たんとしていると、一人の女の子が駆けてくる。
「お二人とも、気を付けて下さいね」
ミソラちゃんだ。運び込みが終わっても残って見送りに来てくれた様だ。
思えば、ミソラちゃんと出会ったお陰で、この村でも不自由なく過ごせたのだ。
「色々ありがとうね」
「世話になったな」
クラウスと共にお礼を言う。
「いえ、そんな。こちらこそ助けて頂いて……」
涙ぐむミソラちゃん。生きていれば、またいつか会える。
だからサヨナラは言いたくない。
「それじゃあ……行ってきます!」
「……はい、行ってらっしゃい!」
こうして、私達はフルート村を後にした。
アキナは商いに飽きない
雑補足
・オイルスネイル
油の入った殻を背負う、ギットギトな熊サイズのカタツムリ。
軟質な体と滑る油で、物理的な攻撃をほとんど無効化する。
火系の魔法なら瞬殺出来るが、油が高価な素材である為に使うのは勿体無い。非常に面倒な魔物。
作者はカタツムリも苦手なので、明達が戦う事はない。