大人気ない
「うわぁ……」
野次馬の輪の外から飛び出したクラウス。
思い切り顔を殴られて吹き飛ばされるリリさん。
これは流石に決着だろう。
今回の戦いの感想を述べるのであれば――
「大人気ない」
この一言に尽きる。
戦い方が卑怯?そんな事が言いたいのではない。
白衣で隠して空間魔法を使った事だ。
「おい、嬢ちゃん。最後にあいつが使ったの何だ?」
「あー……手品?」
「いや、流石にそれは……
わかった、秘密なんだな。ならこれ以上詮索しねぇよ」
ヴェルが引いてくれて助かった。
空気魔法も珍しいが、空間魔法だって十分に珍しい。
だが空気魔法と違い、その性質は独特過ぎる。
その為、他の魔法だと言う誤魔化しは難しい。
だからこそ、この様に聞かれると困るのだ。
言わなければ良いだけなのだが、だとしても疑問を持たれるのは面倒くさい。
気分はさながら、パパラッチに追われる海外スター。
そう考えたら嫌な気は……するよ。やっぱするよ。
何が一番の問題って、空間魔法を使う必要はなかったのだ。
龍人の頑丈さでゴリ押して殴り続ければ、先に体力が切れるのはリリさんの方だっただろう。
なのに、態々『収納』していただろう水入り瓶と『ゲート』を使ったのは、単に楽しくなったからだろう。
「要望通り快勝してきたぞ」
「そんな要望してないし!やり過ぎ!」
私は模擬戦なんか少しも望んでいない。
只、護衛をしたかっただけだ。
クラウスも、やりすぎた事は理解しているのか、口笛で誤魔化す。
止めろ!普通に上手な演奏をするな!
―――ピート視点―――
倒れているリリの所へ、僕は急いで向かう。
「まさか、ここまで強いとは。
侮っていたのは此方だった様だね」
「アイツが――痛っ!」
リリは喋ろうとするが、殴られた所が痛む様だ。
「身体魔法で痛みを軽減しても駄目かい?」
リリは静かに首を縦に振る。
これは、骨が砕けているかもしれない。
「ヴェル、治療を頼む!」
「おいおい、そこまでの大怪我かよ」
慌てたヴェルと、クラウス兄妹が駆けてくる。
「女の子の顔を思い切りぶん殴るのは無神経過ぎ!
リリさんに謝って!」
「すまん。そんな怪我をさせるつもりは無かったんだが……」
「止めて下さい。戦いを挑んだのは此方です。
軽率な謝罪は寧ろ侮辱に値します」
この兄妹は、冒険者の矜持に対して、あまりに理解がない。少し強めに注意しておいた方が良いだろう。
これ以上リリを怒らせて、拗れる様な事になったら依頼主に迷惑がかかる。
「ヴェル、早く『リペア』を」
僕の指示に従い、ヴェルはリリの頬に手を当てる。
『骨よ、元通り組上がれ――リペア!』
「ありがとよ、ヴェル。ピートも」
喋れる様になったリリも、随分と落ち着いている。
「今の……修繕魔法か」
クラウスはヴェルの魔法を一発で見抜いた様だ。
修繕魔法の知名度は低い。彼は博識なのだろう。
だが――
「修繕魔法って?」
「粉砕魔法の逆で、繋がりが絶たれた固体を元に戻す魔法だ」
「よく知ってるな、兄ちゃん。
まぁ、完全に元通りとはいかないから、応急処置みたいな物さ」
「そのままでは軽い衝撃でも崩れかねない。
身体魔法で血流を操作して、治癒を早めるのが良いだろう」
「おお、その通りだよ。
兄ちゃんは本当に物識りだな」
「ほえ~」
妹の方は普通の子供にしか見えない。
クラウスの実力ならば、彼女を守りきる自信があるのかもしれないが、盗賊に関しては不確定要素が多い。
「クラウス、本当にアカリちゃんを連れて行くのかい?」
僕の真剣な問いに対して、クラウスは茶化す様に笑う。
「こいつなら縛って置いていっても、意地だけで付いてくるさ」
「茶化さないでくれ、盗賊が出るんだぞ!」
僕の怒りを見て、クラウスは今度こそ真剣に答える。
「意外だろうが、こいつはお前が思ってる程に無力じゃない。
場合によっちゃ戦力にすらなるさ。
それに、最悪の場合は逃がす事だって出来る」
「私に任せてよ!
守るのは得意なんだから」
自信満々なアカリには悪いが、正直なところ戦力になると言う点は全く信用出来ない。
だが、逃がせると言うクラウスの言葉。それは、リリとの戦いで最後に使用した魔法を指すのだろう。
(なら、あれは予め入れ換わっていた幻影魔法の類いではなく、本当にあの瞬間に移動した?
そんな魔法、勇者以外に使える者が居るなんて……)
「おい、ピート。考えすぎてリリみたくなってるぞ
兄ちゃんって戦力が増えるんだ。嬢ちゃん一人を背負うくらい問題ねぇって」
「誰の眉間が皺だらけだって?」
「お、落ち着け。そこまでは言ってねぇよ」
「プッ」
いつも通りのヴェルとリリの遣り取りに、思わず吹き出してしまう。
師匠が引退してから初めての依頼だったから、僕も肩に力を入れすぎてたのかもしれない。
「そうだね……二人とも、短い旅だけど、よろしくね」
「ああ」
「うん!」