卑怯とは言わないよな?
リリさんとクラウスが向かい合う。
その周りを野次馬の村人が囲む事で、簡易的なリングが形成されていく。
「頑張れ、アカ姉ぇの兄ちゃん!」
「虎の人に負けるなー!」
隠れんぼで仲良くなった子供達がクラウスを応援してくれる。
それは嬉しいのだが、私は寧ろ頑張りすぎないでほしい。
「リリさんに怪我させない様にねー!」
「何処まで馬鹿にするんだい、クソガキ!」
リリさんに怒られてしまった……
護衛をする仲間なのだ。それをわ態々傷つける意味なんてないと思ったのだけれど。
「……これ、何事ですか?」
恐る恐る話しかけてきたのはミソラちゃんだ。
「商人さんの護衛をしようとしたら、こんな事に……」
「え?ごめんなさい。
それって我が家の依頼のせいですよね」
「う~ん。多分違うと思うから気にしないで」
どうにも私の発言が原因くさい。
どの発言がいけなかったんだろうか。
……わからない。
まぁ、反省会は後でも良い。
今はクラウスに任された仕事を全うしよう。
―――クラウス視点―――
「あくまでも模擬戦だ。
護衛の仕事に影響してもいけないから、武器や毒等の類いは無し。
アンタもそれで良いね?」
「構わないが……しっかり盾は持つんだな」
「アタイは、これが戦闘スタイルだからね。
アンタも盾を持ちたきゃ持ちな」
武器は無しだが防具は自由。
成る程、模擬戦らしいルールに見せかけて盾使いにはこれ以上なく有利な条件と……
「おや、卑怯だと罵るかい?」
「いいや、寧ろ好感が持てるくらいだ」
(そうだよ。戦いってのは、こうでなければ。
卑怯で結構。勝てば官軍だ)
アカリのせいで面倒な事になったと思ったが、これなら楽しめそうだ。
「さぁ、戦いを始めようぜ!」
カーン!
アカリに渡していたシッシーが、始まりの鐘を鳴らした。
―――リリ視点―――
クソガキの兄貴……クラウスと言ったか。
この男、確かに実力はあるらしい。
「おらおら、どうした盾使い!
守ってるだけじゃ勝てねぇぞ!」
先程から叩き込まれる拳に対して、アタイは盾を合わせる事しか出来ない。
いや逆に言えば、しっかりと合わせているのだ。
(なんで金属製の盾を正面から殴って平気な顔をしてるんだい!)
私の戦い方は、基本的にカウンター式。
片手盾で攻撃を弾いて出来た隙に、もう片方の腕で反撃を仕掛けるものだ。
だが、こいつの攻撃は隙がない。
拳を弾いても、逆の拳や足が直ぐに迫ってくる。
身体魔法で痛覚を弱めているとしても、この衝撃だ。
人間なら耐え難い痛みに襲われている筈なのに……
「まさか拳闘士を相手に苦戦する日が来るとはねぇ!」
だから、これはアタイからの最大限の賛辞だったのだが――
「おいおい、誰が拳闘士だ。
こちとら得意武器を封じられて必死なんだよ」
(まさか、これで、全力じゃないと言うのかい!?)
私が驚いた隙に合わせて、突然クラウスは動きを変える。
拳を引っ込めて、前宙からの踵落とし。
此方が避ければ向こうは大きな隙を晒す事になったが、判断が遅れ盾で防ぐ他になかった。
ここまで全て、奴の掌の上か。
「ぐっ……」
流石にこれを片手で支えきれる程に甘くない。
両手で盾を支え、全力で弾く!
クラウスもアタイの動きに合わせて距離を取り、仕切り直し。
だが、少なくとも防戦一方からは脱却した。
「ここから――」
反撃だ。
そう言おうとした瞬間、私の顔に何かの影がちらつく。
クラウスを警戒しつつも見上げれば、それは透明な液体が入ったガラス瓶。
(前宙の際にクラウスが上に投げていたのか。
だが、中身は何だ?)
あんな物、ただ後ろに避ければ良い。
普段ならそう考えるが、ここまで戦った上でクラウスが避ければ正解の単純な攻撃をしてくるとは思えない。
私が必死に思考を巡らせていると、クラウスは申し訳なさそうに忠告してくる。
「あー、素肌に直接は浴びない方がいぞ?」
その言葉から導き出せる答えは……
(まさか酸!?
たかが模擬戦で?)
それは明らかにルールを逸脱している。
確かに酸についての明言はしていなかったが、これは「護衛の仕事に影響する攻撃」に含まれるだろう。
何故、自ら護衛を放棄する様な事を?
(……まさか、アタイ達を戦力外にする事で、護衛の選択肢を自分達だけにしようとしてる!?)
アタイ達《不屈の闘志》と言う護衛が既に居るから、と言う体で護衛を断っているのだ。
だが、もし事故で《不屈の闘志》が護衛を出来なくなったら?
間違えて投げた酸を、忠告したのにアタイが避けなかったとしたら?
実力も証明されているクラウスを臨時の護衛とするだろう。
アタイらが決めたルールよりも、依頼主の都合の方が優先されるのだから。
その可能性にアタイが気付くのがトリガーだったかの様に、クラウスが次のアクションを起こす。
「雨は好きかぁ?」
落ちてきているガラス瓶に、もう一つのガラス瓶を投げ当てて、空中で割ったのだ。
クラウスに一瞬注意を向ければ、奴は白衣で自分の姿を覆い隠した。
本当に酸?
それとも、この動作もフェイク?
(……フェイクだとしても、クラウスを警戒し続ければ良い!)
私もクラウスに倣い、盾で素肌が出ている手先と顔を隠す。
バシャ!と盾に当たった液体は、何事もなく滴り落ちる。
臭いもないし盾が溶けた様子もない。只の水だ。
どうやらフェイクだった様だ。
(だとしたら、何か次の一手が来る!)
白衣の男を警戒の視線を送るが、そこには――
「白衣……だけ?」
常に視界の何処かには入れていた筈なのに、白衣を残しクラウス本体が消えたのだ。
「何処に!?」
「後ろだよ」
その言葉に振り返る。
この戦いの最後にアタイが見たのは、焦点も合わせられない程に近くにあるクラウスの拳だった。
雑補足
・勝てば官軍
正確には「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言うことわざ。
いつの世も勝った方が正義として扱われるとかそんな感じの意味。
・水入り瓶
本当は「何かの理由でマジックバッグを全て紛失した」と言う非常事態に備え、緊急の飲み水として『収納』に入れていた。