忙しない商人
「朝市?」
「はい。
商人さんが来たなら行われている筈です」
ミソラママから、そんな情報が齎される
早いもので、フルート村に来てから一週間が経過した。
もう旅立ちの時が来たのだ。
「まだ七時なのに、随分と早くに到着するんだね」
「昼には荷を積み込んで出発しますので」
随分と慌ただしいスケジュールな事で。
「お前、自分には関係ないかの様に暢気に飯食ってるが、昼に出発って事は護衛の俺達はそれまでに顔を合わせなきゃいけないんだぞ」
「あら、大変」
言うても出発は昼だ。
それに慌ててご飯を食べたらセーラー服に溢して汚れたりするかもしれない。
もう少しゆっくりとフルート村での生活を楽しんだって――
「市では服なども売られています。
見るだけでも楽しいと思いますよ」
(何!服ですと!?)
油断した。市と言う単語で、どうせ食品ばかりだろうと思い込んでいた。
龍の領域程ではないとは言え、閉ざされ気味の村だ。
服などは当然、商人によって街から持ち込まれているのだ。
あぁ、ショッピング!それは実に文化的で素晴らしい響き。
「ほら何してるのクラウス!さっさと行くよ!」
「お前、本当にいい性格してるよ」
「よせやい」
突然褒められたら照れるじゃないか。
「そろそろ本当に褒め言葉に昇華されそうだよ」
――――――
辿り着いた朝市では、服や食品だけでなく、金物や雑貨まで選り取り見取りだ。
服の品揃えは……現代人の明ちゃんとしては少し不満だが、異世界の田舎と考えれば仕方ない。
さてさて、何を買おうかな……
「忘れてる様だから言っておくが、金はないぞ」
「あ」
今世紀最大のショックである。
なんかもう村に馴染み過ぎて、村の人と同じ様に買い物出来ると思い込んでいた。
いかん。朝市はもう終わってしまう。
早くお金を入手せねば。
「クラウス、何か売るもの出して!」
「今は我慢しろ。どうせ街に行くんだ。
買うなら、そっちで買った方が安いだろ」
「ぐぬぬ……確かに。
お金に触れるの初めてなのに、オカンみたいな事を言うんだね」
「人類文化の研究者なめんな。
あと誰がオカンだ」
待っていてくれ、服よ。
明ちゃんがお金を持って君の下へ馳せ参じるからね。
――――――
ウインドウショッピングとは、別に買う事だけが楽しみなのではない。
久々に沢山の商品に触れて、明ちゃんのテンションも好調だ。
それに、私だって只々楽しんでいた訳ではない。
値札を見て通貨の単位と大凡の貨幣価値を調べたのだ。
明ちゃんのスーパー観察眼によれば、通貨の単位はM、行商であるが故に多少は値が上がってると考えた場合、ほとんど日本円と同価値だと思われる。
「どう?」
「よくやった。
ちゃんと指示通りに調べてきただけ優秀だ」
「もっと褒めても良いんだよ?」
「そうだな……正直、俺は物の相場がイマイチわからない。
ニホンでの価値基準を持ってるお前が居て助かったよ」
「よせやい」
「どうするのが正解なんだよ……」
一通り褒められて満足したので、早速商人さんに挨拶にいこう。
商人さんは、如何にも商人と言う感じのポッコリお腹のおじさんだ。試しに突っついたら怒られるだろうか。
こっそり背後に移動して、振り返るのをじっと待つ……
「こんにちは!」
「うわぁ!びっくりした……何か用かい?」
突然の美少女作戦は成功である。
人は皆、突然に美少女が現れたら驚き心奪われるものである。
これで話も通りやすくなるだろう。
「いやそれ、誰が誰にやっても驚くからな?
……あー、驚かせて済まないな。俺達はミソラの母親にお前の護衛を依頼された旅の者だ」
「ミソラちゃんの母親……と言うとレミさんですか?」
それは初めて知ったけども。
ミソラママを名前で呼ぶ事はないだろうし、なんならもう忘れたよ。
「いや、知らんが……それで合ってる筈だ」
「態々こんな小さな商会の一商人の為に……
この村の方々は本当に心優しい」
それには私も同感だ。
村の人達は、余所者の私達を快く受け入れてくれた。
一緒に湯船を用意したり、子供達と隠れんぼをして遊んだり……
色々あったなぁ。
商人さんは感激のあまり涙を流している。
これは突然の美少女作戦がなくても、既に村に心奪われていた様だ。
これで、すんなりと話が進むかと思ったが……
「村の方々からの気持ちは非常にありがたい」
涙を拭いた商人さんは、しっかりとした決意を瞳に宿して私達に告げた。
「――ですが、護衛はお断り致します」
雑補足
・隠れんぼ
滞在三日目に明が村の子供達と行った遊び。
隠れんぼの鬼となった明は全ての子供達を容赦なく捕まえて尊敬を集めたのであった。
話を進めたくなったので全カット。