大きな蝗か!
虫は出てきません。安全安心です。
「林檎、食べます?」
「俺の果樹園だ!!!」
(ヒョロっとした男の人だけど、元気な声も出せるんだなぁ)
そんな暢気な感想が口から出そうになってしまう。
いけない、いけない。どうやら、ここはあの人の果樹園らしい。ちゃんと挨拶を――
……ん?って事は私は人の作物を盗んで生活してたの!?
知らなかったとは言え、正義を愛する明ちゃん史上、最大の失態である。
うぅ、反省の意を示し今日は天才の称号を返上しよう。
とにかく彼にきちんと謝らなければ。
それに、やっと発見した第一村人だ。仲良くならないと。
「あなたの果樹園だったのですね。そうとは知らず、すみません。
どの果物もとても美味しくて――」
「林檎以外も既に食ってるのかよ!」
失敗した。今のだと「美味しいから」と言い訳をしている様に聞こえる。
まずは自分の罪をしっかり話してから事情を説明しよう。
「いえ、果物だけではなくて、野菜や麦にも手を出しておりまして――」
「蝗か!お前一人で害虫何匹分の仕事したんだよ!」
ダメだ。この人のツッコミが早くて謝罪が続けられない。
なんだあの反応速度。もしかして――
「農家じゃなくて本業は芸人なのか?」
「誰が芸人だ!誰のせいで大声上げてると思ってんだ!」
男の人の返しは、嘆きすら入り交じったものになっている。
(すみません!心の声が漏れただけなんです!)
――なんて言えば火に油だ。
どうにかして話を聞いてもらわなければ。
物理的に上から話してるのがダメなのかもしれない。
少し高い枝に座っているので、魔法を使って降りる。
『フライ!』
上昇気流が体を持ち上げて、ゆっくりと高度を下ろしていく。
名付けた時に上昇気流を意識しすぎたせいか、無駄に体が浮き上がったな。
一度名付けた魔法は、融通が利きにくいのが欠点みたいだ。
「空気魔法……お前、里長の娘か?」
私が魔法を使うと、男の人の機嫌が更に悪くなる。
空気魔法に嫌な思い出でもあるのだろうか?
空気魔法で幼なじみを殺された、とかだったらどうしようもないが、里長という人に心当たりはない。
というか、心当たれる程の知り合いが居ない。
ただでさえ、印象悪いのに誤解で更に悪くなっては堪らない。
きちんと自己紹介しよう
「いえ、私は地球という星の日本という国から来ました。日野明と申します」
今の自己紹介で良かったのだろうか。日本でも異世界でも違和感のある中途半端なものになってた気がする。
男の人は目を丸くすると、軽く頭を下げた。
「すまん、少し勘違いしていた様だ……いや、作物泥棒は勘違いじゃなさそうだが、一旦置いておこう」
良かった。少し落ち着いてくれたみたいだ。
「俺の名前はクラウス。この辺りの土地を管理してる者だ」
彼はクラウスさんというらしい。
この辺りの土地、つまり私が暮らしていた範囲は全てクラウスさん家の敷地なのか。
あれだけ美味しい作物を作れるなら、優秀な農家さんなのだろう。
「お前勇者だろう。何故こんな処に居る?」
違うんだけどなぁ。この世界では日本人は勇者しか居ないのだろうか。
そういえば、女神様も私がイレギュラーみたいな話してたな。
勇者じゃないとわかったら、また怒り出しませんように。
「いえ、勇者とも違うらしくて。話せば長くなるんですけど……」
私の言い分にクラウスさんは顎に手を当て、眉間に皺を寄せながら私を見つめてくる。
なんで見つめられてるんだろう。私は可愛いので、あまり見ると惚れてしまうのではなかろうか。
「何か訳アリの様だな。その長い話とやらを聞いてやるから付いてこい」
そう言うと、クラウスさんは手を翳し魔法を唱える。
『ゲート』
目の前の空間が裂け、リビングの様な場所に繋がる。
クラウスさんは、さっさと潜り抜けて手招きしている。
(何その魔法!めっちゃかっこいい!)
目の前の光景に私のテンションも爆上がりだ。
「お邪魔しやす!」
こうして私は、異世界に来てから初めて屋内に入った。