夢は消えてない
玄関を出て、体を伸ばし全身で朝日を浴びる。
実に健康的である。太陽の光は全生物の元気の源だ。
このまま少し走りたい気分だが、お腹いっぱいなので止めておく。
朝御飯の玉子サンドはとても美味しかった。
本当に美味しくて「これならクラウスにも全然負けてない」と言ったら「今朝はクラウスさんにも手伝って貰ったんですよ」と教えられた。
昨日と同じ温かい微笑み付きだ。
本当に恥ずかしいので、勘弁してほしい。
「ミソラちゃんのお手伝いがしたい!」
遅れて玄関から出てきた、クラウスとミソラちゃんにそう告げる。
依頼だの報酬だのが絡んできたが、一宿一飯の恩義があるのに変わりはない。
七宿十数飯くらいお世話になりそうだけど、今は其の話は置いておく。
「お二人程の力を借りる様な事は何も――」
断られるとは思ってなかったので、ショックでテンションが沈んでいく。
私にはミソラちゃんの為に出来る事は無いのか……
「――無いなんて事はないんですが、遠慮し過ぎるのも失礼ですよね!
じゃあ……魔法!魔法を教えてもらえませんか?」
なんだ遠慮していたのか。
遠慮なんて全然しなくて良いのに。
魔法を教えるのだったら簡単だ。
「任せたまえ!教えるならば得意分野なのだよ
――クラウスの!」
「いや、俺かよ!
確かにお前は教師向きじゃないが……」
「じゃあミソラちゃん、取り敢えず魔法を使ってみせて」
「おい、俺は教えるとは……まぁいいか」
なんだかんだクラウスは教えるのが好きみたいだからね。
ごり押せば引き受けると思ったよ。
「いきます!」
粉砕魔法が使える様なので、それを披露してもらう。
拾ってきた小石に向けて、ミソラちゃんは両手を翳す。
ここまでは誰がやっても同じだ。
だが、ここからミソラちゃんは思いもよらない行動に出る。
『我が祈りに答え、個の繋がりを引き裂け――ブレイク!』
それは私が忘れいた、夢では定番の――
「え、詠唱……?」
――――――
「ねぇ、クラウス。
あんなファンタジー全開の要素があるなんて聞いてないんだけど」
魔法の仕組みと言い、魔物の在り方と言い、この世界では期待していたファンタジーは全てリアルで塗り潰されてきた。
だが、今回は違う。
作品によっては出てこないので、すっかり忘れていた。
だが、この長ったらしい詠唱。正にファンタジーそのものである!
「いや、俺にも何がなんだか……」
この世界の人なのに、頼りにならない。
だが、江戸時代の日本より閉ざされた領域で暮らしてた人に聞くのは酷か。
「なぁ、その……魔法を発動する前のそれ何だ?」
「あぁ、お二人は唱略の使い手でしたね。
何って、普通の詠唱ですよ?」
何故、私はいつも「何かやっちゃいました?」系の台詞を言われる側なんだろう。
それに唱略って呼び方も絶妙に格好良くない。
せっかくなら無詠唱とか言ってくれた方が響きが良いのに。
「魔法に重要なのはイメージですから、詠唱はそれを固める為に必要なプロセスだと母に教わったのですが……」
「それって、ここでは当たり前の事なのか?」
「はい。何処の国でも常識だと思います」
崩れ去ったよ。私の常識は今、音を立てて崩れ去ったよ。
もう常識って何?哲学的に考えそうになるよ。
「……イメージを固める作業を発声で補助しているのか。
確かに、そう考えれば納得は……出来るか?
戦闘で使うときに不便じゃないか?」
クラウスも大分戸惑っている。
そうだ。常識が崩れさったのは私だけではないのだ。
「ですので、冒険者さんは前衛の剣士が敵を抑えている間に、魔法使いが詠唱するのが基本らしいです」
うわ、どうしよう。
私のイメージするファンタジーど真ん中なんだけど。
混ざりたい。その世界の住人として混ざりたい。
「ね、ねぇクラウス。
ここでは当たり前らしいしさ、私達も詠唱やってみない?」
「そうか、確かに下手に目立つよりは……」
割りと駄目元だったのだが、クラウスも少し混乱している様だ。
(これで私もファンタジーと共に――)
「……いや待て。
ミソラ、俺達の事を唱略の使い手って言ったよな?
つまりは、詠唱無しで魔法を使う奴も居るって事だな?」
「はい。ソロの魔法剣士や、天才と呼ばれる様な魔導師は詠唱無しでも魔法が使えると聞いてます」
「だとよ天才魔法使い。
詠唱は無しだ。イメージの補助が必要無いのに、長々と時間をかける理由はない」
「そんなぁ~」
私の夢は、やはり儚くも消える運命の様だ。