隠せない気持ち
居間に案内され、歩きっぱなしで疲れた足を投げ出して休む。
(床よ、久し振り!この床とは初めましてだけども!)
屋内でまったり出来る喜びで、少しテンションが変だ。
床で暫く転がり、満足した私は先程聞きそびれた事をミソラちゃんに聞く。
「薬草って言ってたけど、お母さん病気なの?」
「あ、違います。母は頗る元気です。
あの薬草は少し高価な物なので、沢山集めればお母さんの負担を減らせると思いまして」
「金に困っているのか?」
あまり人の事は言えないが、クラウスもド直球な質問を投げる。
「この領地に盗賊が発生していまして、どの村も少し苦しいんです。
特に我が家は、私の受験費用の為に節約しているので余計に……」
私も高校生だったので、受験に多額のお金がかかる事くらいは知っている。
ウールウルフの弱点を見抜いたりと、ミソラちゃんは恐らく賢い子なのだろう。
そんな子が、勉強だけでなく家計の為にも頑張っているのだ。
明ちゃんが応援しなくて誰が応援すると言うのか。
「よし、じゃあ私が色々お手伝いするよ!
一宿一飯の恩義だよ!」
「既に飯も世話になる気満々かよ」
「あはは。ありがとうございます。
勿論そのつもりですので安心してください」
その丁寧な対応に、明お姉さんは感心である。
「ミソラちゃんは、本当に良くできた子じゃ」
「誰かさんよりも余程な」
「誰の事よ!」
「麗しきハザードさんだよ」
「ちょっ!勝手に天災のパターン増やさないでよ!」
――――――
「主人は村の会議で遅くなるそうなので、先に食べちゃいましょう」
帰ってきたミソラママが夕飯を用意してくれた。
出されたのはグラタン。
濃厚なホワイトソースの香りが堪らない。
「「「いただきます!」」」
モチモチのマカロニも、サクサクのパン粉も、とても美味しい。
とても美味しいのだが――
「あ、クラウスの奴の方が美味しい」
もう随分と慣れてしまったが、そもそもクラウスの料理スキルは異常なのだ。
料亭やフレンチレストラン級とは言わないが、家庭料理を極めた者として皆に紹介したいくらいだ。
だから、私が心の中でそう思ってしまっても仕方ないのだ。
「声に出てるんだよ、声に!」
「え!?」
クラウスの指摘で慌てて口を抑えるが、もう遅い。
周囲を見渡せば、眉間を抑えているクラウスと苦笑いのミソラ親子。
久々の失言である。早く訂正しなければ。
「あ、あの違くて!
とっても美味しいんですけど、クラウスは料理馬鹿と言うか、料理するしか能のない……いや、他にも色々凄いんですけど、あの――」
「ふふ。仲の良い御兄妹なのですね」
ミソラママの、微笑ましい物を見る様な温かい笑顔。
そんな顔で見られるのは、とても恥ずかしい。
(やめろ!やめるんだ!
これじゃあ私がブラコンみたいじゃないか!)
私の顔が熱いのは、口に入れたグラタンのせいだけではないだろう。
――――――
「それにしても、お二人は何故この様な辺境に?」
これはミソラちゃんと同じ質問だ。
それならば簡単。同じ様に「魔物に故郷を滅ぼされた少数民族」でいけば良い。
「実は――」
「街を!……目指していたんだが、少し道に迷ってな」
また発言を上書きされた。この設定は良いと思うんだけどな。
……でも考えてみれば、冒険者って話と少し矛盾しちゃうかな?
「それでしたら一週間後に街から商人さんがやってきます。
その商人さんと一緒に街に向かっては?」
「いや、一週間も世話になるのは悪い。
それに、街の場所さえわかれば二人でも平気だ」
嬉しい申し出だと思ったのだが、クラウスはバッサリ切り捨てる。
これは道を聞いたら明日からまた野宿ルートかもしれない。
久し振りの屋内とも、もうお別れか……
「お二人ならそうかもしれませんが……
正直に言いますと、商人さんの護衛も兼ねてほしいんです」
「あー、盗賊が出るんだったか。
……成る程、それまでの宿と食事は報酬代わりと」
「危険を承知で村に来てくれる数少ない商人さんでして。
村民の一人として、彼の安全の為に力になりたいんです。
報酬が足りない様でしたら、追加で金銭も……」
そんな事を聞いてしまっては、黙っている訳にはいかない。
それに街道が危険だと、ミソラちゃんも受験しに行けないかもしれない。
「任せてミソラママ!
私が盗賊を捕まえてみせるから!」
「誰も捕まえろとまでは言ってねぇよ。
……仕方ない。やる気になったこいつを止めるのは面倒だしな」
言い方はあれだが、クラウスも賛成の様だ。
「只、俺達は俺達の命を最優先にする。
守りきれないと判断したら逃げさせてもらうが、それでも良いか?」
「当然それで構いません」
「なら引き受けよう。追加の報酬は要らない。
それまでの一週間、よろしく頼む」
「はい。遠慮せずに寛いでいって下さいね」
こうして、まだ冒険者でも何でもない私達は、初めての依頼を引き受ける事になった。
それがまさか、あんな事になるなんて――
この時の私は何も知らず、只グラタンの三杯目をおかわりするだけであった……
「いや、少しは遠慮しろよ!」
雑補足
・あんな事
○が○○して○○○○に……