怪しい者じゃないよ!
「大丈夫?」
「……あ、はい!
ありがとうございました!」
私は終始座り込んで居た赤ずきんちゃん(仮)に手を差し伸べる。
少し呆けていたのは、ウールウルフの首が落ちるシーンが、一般中学生にはショッキングな絵面だったからだろう。
「赤ず……」
つい、赤ずきんちゃん(仮)って呼ぼうとしてしまった。
そう言えば名前をまだ聞いていなかった。
人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗らなければ。
「私は日野……じゃない!明!ただの明!
隣は相方のクラウス!」
「あー……クラウスだ。よろしく」
「ミソラです」
礼儀正しく御辞儀をする、赤ずきんちゃん(仮)改めミソラちゃん。
うっかり名字まで名乗りそうになったが、ギリギリセーフだった。
この世界では名字は一般的でないらしいからね。
クラウスが眉間を指で抑えたりしてるが、セーフったらセーフなのだ。
―――ミソラ視点―――
ウールウルフに襲われてた私を助けてくれた二人組。
片や、自信満々に空から飛んできたのに、普通に苦戦していたお姉さん。
片や、気配なく現れて見守ってるだけかと思ったら、突然Cランクの魔物を一瞬で葬り去ったお……兄さん。
辺境の森で出会うには、あまりにも不思議二人組。
(火のアカリ?
二つ名があるって事は、有名な冒険者さんなのかな?)
でも、少しも火の魔法使っていなかった。
(森の中だから延焼を警戒した?
二つ名の由来になる程の魔法を縛られていたから、実力を発揮出来なかった?
……いや、それにしても対応が素人過ぎる)
知識だけなら私と同レベル程度だろう。そんな人が二つ名持ちにまでなれるとは思えない。
(それに、クラウスさんと実力が離れすぎている。
なら師匠と弟子?先程の戦いも試験か何かと考えたら合点が……いや、師匠を紹介する時に相方なんて言う人は居ないか)
本当にこの二人は何者なんだ?
―――明視点―――
さて問題なく自己紹介が終わった所で、今度は情報収集だ。
「ミソラちゃんは、この近くで暮らしてるの?」
「はい、この森を抜けた所にあるフルート村と言う所です」
おお!これは間違いなく人間の集落だ!
やっと野宿生活ともサヨナラ出来る。
「お二人は何処から来たんですか?」
「うっ……!」
当然と言えば当然の質問だ。
だがここで正直に「龍の領域です」とは言えない。
ミソラちゃんを騙すのは忍びないが、ここは嘘の設定で乗り切るしかない。
「私達……人里離れた森の奥でひっそり暮らしてたんだけど、ある日強暴な魔物に住みかを追われてしまったの。
命からがら逃げ出したは良いけど、行く当てもなく魔物に怯えながら彷徨う日々を過ごしているの」
完璧だ。
これなら怪しさも消しつつ、同情も誘える。
上手くいけば「うちに泊まりますか?」ルートまで有り得るね。
―――ミソラ視点―――
(絶対嘘だ)
おかしな点は幾つもあるが、一番おかしいのは服装だ。
二人が着ている服は、この国なら王都まで行かなきゃ買えない様な高価な物だ。
閉ざされた森の奥で暮らしていた人が着れる物じゃない。
あまりにも嘘が下手すぎる。
こんなの誰でも嘘だとわかると言うのに……
―――クラウス視点―――
(あながち嘘でも無いんだよなぁ)
人里離れた森の奥で暮らしていたが、そこを追われて彷徨っている。
龍の領域の説明を省いただけで、概ね嘘は吐いていない。
ただ、龍の領域なんて知らない奴には荒唐無稽な話に聞こえるだろう。
だからと言って、俺も別の設定を思い付いた訳じゃない。
例え思い付いたとしても、あれの後じゃどのみち多少は怪しまれるのだ。
仕方ない、ここはアカリの話に乗るとしよう。
「そうだな。睡眠も儘ならなかったな」
―――ミソラ視点―――
(あれ!?クラウスさんも嘘下手なんですか?
絶対に普段ガッツリ眠ってますよね!?
アカリさんのお肌プルップルですよ!?
睡眠と栄養足りまくってますよね!?)
――とは流石に言えない。
これだけあからさまな嘘なのに、何故こんなにも堂々としているのか。
最早怖い。この二人が何を考えているのかわからない。
慎重に言葉を選びながら探らなくては……
「お、お二人はご家族と言う事ですか?」
「「あ~……」」
(なんで今の質問で間が空くの!?)
変な逆鱗に触れたかと私が怯えていると、短くない思考時間を終えた二人が揃って宣言する。
「そうだよ。私達は親子なの」
「そうだな。俺達は兄妹だな」
「え?」
「「え?」」
(割れたーっ!割れる筈のない所で主張が割れたーっ!)
「あらあら、クラウスお父様。鯖を読みまくるのは見苦しくてよ?
貴方いったいお幾つでして?……え、本当に幾つだ?
……まぁ、良いわ。とにかく、私みたいな若者と兄妹と言う歳でも無いでしょう?」
「おいおい、我が妹よ。俺を爺に仕立て上げようとするのは止めてもらおうか。
本気でタツロウと同年代に見えるか?
だとしたら目が腐ってるな。俺が治療してやろう」
(なんか喧嘩始まったー!)
私は無難な質問をしただけなのに、何故こんな事になったのか。
巻き込まれては堪らないので、私は息を潜める。
「お父様、ミソラちゃんが何も知らないからって嘘はいけませんわよ。嘘は」
「おいおい、お前がそれを言うか?
良いだろう、妹よ。だったらその何も知らないミソラに、どっちに見えるか聞こうじゃないか」
謎の執念を宿した瞳が此方を見据えてくる。
私はいったい何に巻き込まれてるんだろう……
こうなってしまったら何か答えるしかない。
(無難な答えは……駄目だ!無難な質問でこうなってるんだ。もう考えても無駄だ!素直に答えちゃえ!)
「えっと……兄妹でしょうか?」
「ほれ見ろ節穴マイシスター。親子には見えないってよ?」
「ぐぬぬ。造形か?クラウスの顔の造形がいけないのか?」
正直、見た目の話ならどちらにも見えるのだが、強いて言えば今の喧嘩のレベルは兄妹のそれだろう。
本当に下らない時間ではあったが――
(あ、この人達何も考えてないだけだ)
私がそう確信するには充分な時間だった。