もはや狼でもない
さぁ、私のターン開始だ。
『エアショットガン!』
顔や前足に向かって一斉に空気弾が放たれる。
(と言うか、最初から『エアショットガン』を使ってれば、知らなくても弱点に当たってたのか。
失敗失敗。でも、これで一つ学んだから良し!)
なんて、既に戦いは終わったかの様に反省を始めていた私だったが、ウールウルフは予想外の行動に出た。
ウールウルフの体毛がウネウネと伸び、奴の顔と足――つまり弱点を全て覆い隠してしまった。
当然私の放った空気弾は全て体毛に阻まれる。
「先生!あいつ顔を隠しました!頭隠して尻も隠しました!
どうしようもないじゃん、これ!」
「落ち着け、体毛魔法を使うってさっき言ったろ?」
「でも、体全部隠す為に使うとは思わないじゃん!
ウルフ要素全部隠したら、もう只のウールだよ!
何あの只のでっかい毛玉。夢に出てくる綿飴の類いだよ!
じゃなきゃ謎の世界記録に挑戦するタイプの祭りだよ!
良いよねお祭りの綿飴!行きたかったよ夏祭り!」
「いや、本当に落ち着け!
後半ウールウルフと微塵も関係ないぞ」
……しまった。取り乱しすぎた様だ。
この世界では、楽しい事も多く、クラウスのお陰で不便もほとんどない。
でも、やっぱり時々は元の世界の事を考えてしまうのだ。
「で、これ本当にどうしたら良いの?」
「奴の顔が見えないと言う事は、向こうからも此方が見えてないって事だ。
足も隠してるから、あの毛玉が動く事はない。
攻撃か逃走か、どちらかを選んで顔を出してきた所を狙えば良い」
「成る程、つまり真っ直ぐ構えて待っていれば良いと」
「そう言う事だな」
「ふむ。ではクラウス君、あれはなんだね?」
私が指差した先では、毛玉がもぞもぞと、その場で動いている。
「あー訂正しよう。あの毛玉が移動する事はない。
ああやって、毛玉の中で体の向きを変える事はある。
同じ場所に顔を出したら、そこを狙われる訳だからな。
賢い魔物だろ?」
なんでちょっと親バカな飼い主みたいな視点になってるんだ。
リスキル?って奴が出来ると思ったのだけど、そう簡単な事ではないらしい。
毛玉の何処かから出てくる顔を狙えって……土竜叩きかよ!
羊に狼に土竜に、一匹で動物何匹分のビタミンCだよ。
まぁ良かろう。ならば地元のゲーセンで伝説の土竜叩きストと呼ばれたかった明ちゃんの腕前を見せてしんぜよう。
訪れた静寂が緊張感を高める。
聞こえるのは風に木の葉が揺れる音と、赤ずきんちゃん(仮)が息を飲む音だけ。
そして遂にウールウルフが顔を出す!
場所は左下。銃身である人差し指を動かし即座に狙いをつける。
『エアガン!』
よくも赤ずきんちゃん(仮)を怖がらせたな。
よくも私の『エアガン』の初陣に泥を塗ったな。
よくも私の夏祭りの綿飴を奪ったな。
怒やら八つ当たりやら、私の色んな感情を込めた一発の空気弾が放たれる。
それは真っ直ぐにウールウルフの眉間へと吸い込まれ――
――ずに体毛に当たる。
「外しちゃった☆」
感情だけでそう簡単に物事は上手くいかないらしい。
後ろから呆れた様な溜め息が聞こえる。
「要練習だな」
クラウスが駆け出し、私の戦闘は終わりを告げた。
(これは赤点だろう。補習が厳しくなりそうな気がして嫌だなぁ)
単に赤ずきんちゃん(仮)を助けるだけなら、クラウスが来た時点で達成なのだ。
手に負えない程に強力な魔物だったら、クラウスは暢気に解説なんかしない。
と、何もかも終わった気になりかけたが、まだだ。
駆け出したクラウスの手に握られてたのは、溶刀ムラマサ。
私がやるべき事はまだ残っている。
『マスク!』
私と赤ずきんちゃん(仮)を異臭から守る。
一般天才美少女高校生の私と、推定一般村娘の赤ずきんちゃん(仮)には、血肉が焼ける臭いは厳しい。
ここまでで漸く私の仕事は終わりだ。
後は戦いの行く末を見守るだけ。
駆けてきたクラウスに対し危機感を抱いたウールウルフは、羊毛を伸ばし再び顔を隠す。
私相手なら、その行動は正解だろう。
だが、相手はクラウス。
その時点でウールウルフは狩人から獲物へと変わったのだ。
クラウスにとって、ウールウルフの羊毛など何の障害にもなりはしない。
動かない首を目掛け、熱を帯びたムラマサが振り下ろされる。
……ウールウルフ君、遂に子豚要素まで取得しちゃったよ。
一匹で童話集作れそうだよ。
幾らかの毛と共に、ウールウルフの頭が地に落ちる。
見ていて気分の良いものではない。
心臓はやはり早鐘を打っている。
でも、今度は吐くことなく受け止められた。
これも一つの進歩なのだろう。
雑補足
・ウールウルフ
体毛を伸ばせる長さは限られてるが、近づいて来た獲物を縛り上げる程度なら可能。
余程の弱者相手でない限りは、待ちに徹した狩りを行う。
とある御伽噺の一節
「森で羊を見かけても、近付いてはいけないよ。
迷いこんだのは羊ではなく、あなたの方なんだから……」