知らない基本
クラウスによって複数の的が投げられる。
『エアガン!』
私は最小限の動きで、的を次々に撃ち抜く。
「決まった……」
私はかっこよく銃口に息を吹き掛ける。
指なので煙は全く出ていないが、こういうのは雰囲気である。
「自信たっぷりの所悪いが、十発中七発外れてるぞ」
ありゃ。幾つか外した気はしてたが、予想以上に当たらなかった。
テストだったらギリギリ赤点と言ったところか。
う~ん。しっかり的を狙ってるつもりなのだが、何がいけなかったのか。
「見たところ、偏差撃ちが苦手みたいだな」
「偏差値?」
なんだなんだ。赤点だから偏差値低いねって話か?
私はこれでも頭が良い理と同じ高校を受験して、なんとか合格した実績を持つ者だぞ!
……まぁ、理にとっては滑り止めだったけど。
あいつは普通に第一志望も受かってそっち通ってるけど。
「違う、偏差撃ちだ。
動いてる的を狙う時に、的自体ではなく的の先を狙う事だ」
おっと、聞き間違いだった様だ。
的ではなく的の先を狙う。成る程ね……なんで?
「弾だって一瞬で届く訳じゃないんだ。弾と相手の速度を計算して丁度それがぶつかる位置を予測して、そこに――」
「ストップストップ!
え?銃ってそんな計算とか態々しないといけないの?」
「銃がどうこうは知らんが、遠距離からの攻撃なら基本だろう」
基本と言われても、遠距離からの攻撃なんて生まれて初めて行うのだ。
私が見たドラマやアニメでも、その辺は全然説明してくれなかった。
でも外した理由がわかったのだから、後はそれを直すだけだ。
「じゃあ一個ずつ投げるから、偏差を意識して撃てよ」
「サーイエッサー」
「……お前それ意味わかって使ってるのか?」
クラウスが何か言っているが、とにかく今は集中だ。
(的からずらして……)
『エアガン!』
空気弾は真っ直ぐ飛んで行き、的――ではなく後ろの木に当たった。
今回は少し早かった様だ。
「難しい……」
「そう焦るな。やってる内に体で覚えていくさ」
クラウスはそう言うが、的を狙って只管撃ち続けるだけの作業は、かなり退屈で正直あまりやりたくない。
要するに、狙った所から少しずれる弾が出れば良いのだ。
そうすれば、今まで通り的のど真ん中を狙えば命中する様になる。
「……あれ?
ひょっとして、どの程度ずらすかの計算は全部魔法任せにすれば良いだけじゃない?」
魔法に必要なのは、知識とイメージだと言っていた。
今回は計算の仕方と言う知識が足りてないだけなので、余計な疲労はするが発動自体は可能な筈だ。
「駄目だ。
その魔法は、相手の気絶や撃退が目的なんだ。
確実に仕留めてない以上、その後に逃走する体力を残しておく為にも、余計な疲労はするべきじゃない」
確かに、クラウスの言うことも一理ある。
仕方ない。何か別の手を考えなければ……
―――クラウス視点―――
今アカリに言った説明だが、実は咄嗟に考えた言い訳だ。
アカリは『義翼』や『蜃気動』と言った複雑な魔法の同時発動も簡単に行っている。
普通それだけの魔力があれば、偏差の計算くらいは魔法任せでも大した疲労にはならない。
だが戦闘が始まると、アカリのパフォーマンスは著しく低下する。そんな状況下で、余計な疲労は命取りだ。
だから戦闘に関する魔法だけは妥協を許す訳にはいかない。
これが本来の理由だが、これを説明したくはなかった。
説明してしまえば、自惚れからくる慢心や、逆に戦闘時の緊張が増加したり等、様々な悪影響が考えられる。
それに、アカリに少し考える時間をやれば面白い事が起きる。
『エアショットガン!』
アカリの放った新たな魔法は、俺が投げた的にしっかりと当たった。
だが――
「外れた形跡も大量にあるんだが、何をした?」
「弾を色んな方向に同時に出して、計算出来なくてもどれかは当たる様にしたの!
今は的が小さかったから一発しか当たらなかったけど、これが人や魔物みたいな大きい的だったら沢山当たるよ!凄いでしょ!」
「悪くはないが、周囲に味方や関係ない人が居たら使えないだろ。
素直に偏差の練習もしておけ」
「は~い」
そう、これだ。
少しの事を教えてやれば、ニホンの知識や常識外れの発想で、俺には想像も出来ない魔法を生み出す。
俺はこれが――アカリの成長が楽しくて仕方ない。
「クラウス、何ニヤけてるの?」
「ニヤけてねぇよ。
ある程度やったら、次は『プロト』の無駄を省く訓練もするぞ」
「うぇ~クラウスの鬼~」
次回!
やっとフルート村の住人が登場!