魔物じゃないか!
今回は御飯を食べながら読まない方が良いと思います。
「アォーーン!」
一匹の遠吠えを合図に、フールウルフ達は一斉に此方に走ってくる。
『プロト!』
先程普通の狼に対して使った空気の壁を、今度は四方に設置する。
だが、今回は正真正銘フールウルフだ。普通の狼と違い身体魔法を使った突進なら、恐らく先程よりも威力が高い。
(本当に『プロト』で耐えられる……?)
私のそんな不安をよそにフールウルフは壁に突っ込む。
「ゥガッ!」
突き破ってくるフールウルフは居ない。耐久面では問題ない様だ。
弾かれたフールウルフは体勢を立て直すと、再び無策で突っ込んで来る。
成る程、確かにこれはフールだ。
体力が切れるまで、延々同じことを繰り返すのだろう。
Q.弾かれようと何度も向かってくる様はお馬鹿可愛い?
A.そんな訳が無い。
涎を撒き散らしながら一心不乱に迫ってくる十数匹の獣は、宛らモンスター系のパニック映画だ。
私は安全が保証されたスクリーンでも悲鳴を上げてしまうのに、今は一瞬でも気を抜いたら実際に自分が喰われる状況である。
「ひっ!」
思わず腰が抜けても仕方ない事だ。
只、幸いにも今は一人じゃない。クラウスが傍に居る。
それが支えとなって、へたり込んでも尚『プロト』の維持は出来ている。
「おい、大丈夫か?」
「え?……あぁ、うん」
「落ち着いて戦えば、お前でも危なげなく勝てる相手なんだが……駄目そうか?」
いつになく心配そうに顔を覗き込んでくるクラウス。
少し深呼吸をして落ち着いてみれば、私は震える手でクラウスの白衣の裾を握り締めている事に気付いた。
無意識にそんな事をしてるなんて、かなり参っている証拠だろう。恐らく顔色も相当悪い。
「ごめん、『プロト』の維持で精一杯」
「わかった。なら俺が始末してこよう」
そう言ってクラウスが右手を空に掲げると、突然その手に刀が現れる。
恐らくマジックバッグを経由せずに『収納』にそのまま入れている、数少ない物の一つなのだろう。
翡翠色に輝くその刀身は、素人目にもそれが業物であるとわかる程に美しい。
だが、それに見惚れている場合ではない。
「待って、血は苦手」
渾身の端的、且つ迫真の訴え。
私はゾンビパニックと同じくらいスプラッターも苦手なのだ。
可愛い主人公の女の子に釣られて見たメディカ+マジカは、予想外にグロテスクなストーリーだったので三話で切ってしまった程だ。
自分が刺された時に平気だったのは、色んな感覚器官が麻痺していたからだろう
「安心しろ。この溶刀ムラマサは高温で焼き切る刀だから、切断面から体液やらが飛び出す心配は無い」
翡翠色だった刀身が、夕陽の様に輝きだす。
恐らく、これも熱魔法が刻まれた魔導具なのだろう。
「……その様子だと、他の生き物の死に馴れてないんだろ?」
私の様子からクラウスにも伝わった様だ。
その通り。私は他の生き物の死を間近で感じた事がない。
両親や祖父母、お隣のお婆ちゃん、その他も面識のある知り合いは皆健在だ。
自身の死を除けば一番身近だった死は、小学二年生の時に隣の席だった男の子が飼っていた出目金のシュバインくらいだろう。
……もしかしてシュバインと言う名前はシュバルツと間違えていたのだろうか。
わかる、わかるぞ。私も厨二病拗らせた時、理に指摘されるまで同じ間違いをしていたからね。
……って駄目だ。そんな現実逃避をしてる場合ではない。
「悪いが外で生きていく上で、ある程度は馴れてもらわないと困る。
辛いだろうがしっかり見ておけ」
それだけ言うとクラウスは下に開いた『ゲート』で、フールウルフの後ろに降り立つ。
刀を構えると、私を囲むフールウルフを更に囲む様に走り出す。
身体魔法を使っているのだろう。あまりの速さに、私の目では辛うじて白衣の白色が認識出来る程度だ。
その異常事態に全てのフールウルフが、私よりもクラウスに関心が向いた途端、全ての首が宙に舞った。
流石のクラウスも同時に切れる訳では無い様で、僅かにタイミングがずれた頭達はまるで組体操で見たウェーブの様だ。
だが例え血飛沫が無くても、それは先程まで生きていた頭に変わりはない。
炭化した切断面から漂ってくる焦げ臭さ、飛んでいた頭が地に落ちる音。
その二つだけでも言い表せない様な不快感が込み上げてくる。
「もう終わったぞ。本当に大丈夫か?」
戻ってきたクラウスがしゃがんで目線を合わせてくれる。
深呼吸をしてみるが、不快感一向に収まる気配は無い。
だが、そこで気が付いた。
込み上げてくるのが、不快感だけではない事に――
「……うっ。クラウス、ごめ」
「え?……おい、ちょっと待て!」
クラウスの返事も聞かずに、込み上げた不快感は口から流れ出ていった。
作者は別にゲ○イン好きではないので、こんなオチは今後ありません。