魔物じゃないのか……
息を整えた私は、取り敢えずクラウスにお礼を言う。
「出て来てくれてありがとう。
お陰で魔物を追い払えたよ」
するとクラウスは顎手を当て首を傾げる。
今の話に何か疑問になる様な所があっただろうか。
暫しの間を挟み、漸く口を開いたクラウスは私に驚きの事実を告げる。
「あれは……魔物じゃないな」
「え!?違うの?」
魔物だと思って滅茶苦茶警戒してたのに、まさか違ったとは。
普通の狼だとわかっていれば、もう少し落ち着いて行動できたのに……いや、それは言い過ぎか。普通の狼でも充分怖いわ。
「あの狼が来たとき、シッシーはまだ動いてたんだよな?」
「うん」
狼との戦闘中に私のサイコが切れたから、シッシーは落ちて倒れたのだ。
狼がやって来た時に稼働していたのは間違いない。
「なら、間違いなく魔物ではない
ヒヒイロカネの力は強力だ。弱めの狼系魔物が入ってくる事はあり得ない」
そこはシッシーの力って言ってあげなよ。
う~ん、でも素材が信頼出来るから魔導具にしたんだろうし、結局は同じ意味なのかなぁ……
シッシーを見てみれば、涙も枯れ果てた様でピクリとも動かない。
後できちんと戻してやるからな。
「……と言うか、魔物以外の動物も普通に居るんだね」
まさか魔物が居る異世界で、最初に遭遇するのが普通の狼とは思わなかった。
そこら辺の先入観も、魔物と間違えた要因の一つだろう。
「そりゃ居るさ。魔物は、魔法が使える動物って意味なんだからな」
成る程。その逆に魔法が使えない動物も居ると。
「見分け方とか無いの?」
「魔物かどうかを見分ける方法は無いな。
魔物毎の特徴を覚えるしかない」
無いのかぁ……可愛い兎とか見かけても近付くのは止めておこう。
覚える事が一気に増えそうで憂鬱だ。
「じゃあ、取り敢えずフールウルフの特徴から教えて」
魔法が一つしか使えないって所に共感すら感じてるので、そいつなら覚えられそう。
あとフールって言ってる位だし、お馬鹿可愛い所がありそうって期待もある。
明ちゃんは動物系ハプニング映像は大好きなのだ。
「フールウルフ最大の特徴は、相手がどんなに強者でも絶対に諦めない所だ」
「良いじゃんそれ!滅茶苦茶かっこいいじゃん」
愚か者のレッテルを貼られようが、自分の正義に向かって突き進む。
明ちゃんが憧れるヒーローそのものだ。
「少しもかっこ良くなんかないぞ。
自分と相手の力量差を理解しないと言うのは、命の危機に対して鈍感と言う事だ」
あー……勇気と無謀を履き違えるパターンね。あるある。
その感じだと、ハプニング系の方は期待出来そう。
「……と言うか、見た目の特徴は無いの?
そもそも見分ける方法が聞きたかったんだけど」
「そうだな……身体魔法で代謝を高めているから、体温が高く常に舌を出しているな」
犬が舌を出して呼吸するのは、体温を逃がす為だと聞いた事がある。狼もイヌ科だし、同じ様な感じかな。
「後は、興奮状態を維持してるから焦点が定まってない様な目をしているな。
瞳孔もかなり開いている」
……あれ?どんどん可愛さから遠ざかってない?
もうあまりイメージしたくない様相になってきてるんだけど……
「う~ん……例えば、あの狼みたいに?」
私が指差した先では十数匹の狼が此方を向いている。
忙しなく首を左右に傾けるので、飛び出た舌は振り回されて痛そうだ。
にも関わらず、大きく開かれた目だけは動かず真っ直ぐに此方を見据えている。
「そうだな。あれは正しくフールウルフだ」
「成る程ねぇ……」
…………
私達は一度顔を見合せ、シッシーの方へと視線を移す。
だが憐れな鹿威しは音も鳴らせず、只横たわるのみ。
私達が暢気にお喋りをしている間、魔物除けはずっと機能していなかった。
つまり、今この場は魑魅魍魎も百鬼夜行も通り放題の場所と言う訳で――
「……さぁ、喜べ。本物の魔物との戦闘だそ」
全く嬉しくない戦闘の火蓋が切って落とされた。
次回、真の魔物戦。