黒は見えてない
「お前、竜人なんじゃないか?」
クラウスから指摘された可能性。
確かに有り得るのだが、人間であることを何より当たり前として生きてきた私にとっては到底信じられないものだ。
「理屈は理解出来たけどさ、女神様が龍人達に嘘を吐いてる可能性もあるんじゃない?」
「あるにはあるが、その可能性は薄いだろう。
結界を作ったのは女神なんだから、言葉通りの物にすれば良いだけだ」
そうか、態々嘘を吐く必要性がないのか。
となると、本当に私は竜人なのか?
「……で、調べて良いか?」
「あ、オッケーオッケー。私も気になるしね」
「よし、じゃあじっとしてろよ……」
そう言ってクラウスはベッドに隣に腰かけている私に近付いてくる。
私の正面に立ったクラウスは私の頭を両手で抑えると、徐々に顔を近付けてくる。
その距離は触れ合いそうな程で――
「ちょっ!?」
そこまで接近すると思わなかった私は思わず仰け反る。
「おわっ!?」
後ろに傾いた私はそのまま倒れて行き、それを掴んで居たクラウスも当然引っ張られる。
クラウスの顔は吸い込まれる様に私の顔へと接近し、慣性は止まる事を許さず、私達は重なった
――鼻が。
ゴリッ!
「「痛ってぇ!」」
だって出っ張ってんだもん。
顔のパーツで唯一凸だもん。
そりゃ一番に接触するわ。
「今ゴリッ!って……ゴリッ!って言った……」
私は半泣きで鼻を抑える。
クラウスが重たいが、今はそんな事はどうでも良い。
「言ったじゃんかよ……
俺は「じっとしてろ」って言ったじゃんかよ……」
珍しくクラウスも弱々しい。
鼻が弱点なのは龍人でも変わらないらしい。
「だって、あんなに近付いてくるなんて思わないじゃん……」
「額同士を引っ付けるだけだろうがよ……」
「じゃあ最初から言ってよ……」
「悪かったよ……」
――――――
クラウスが保冷効果のある絆創膏を鼻に貼ってくれた。
冷たくて気持ちいいが、見た目が普通の絆創膏なので、二人とも少年漫画の主人公みたいな感じだ。
「よし、今度こそやるぞ」
「ばっちこい!」
今度はちゃんとわかっているので、髪をかき揚げてクラウスを待ち構える。
こうして考えると、小さい頃に母さんに熱を測ってもらった時と何も変わらないな。
相手はクラウスだし、あんなに焦る事でもなかったな。
『分析』
特に変化は感じないが、きっと調べてる最中なのだろう。
じっとしてろと言われたので、待っている間は暇だ。
出来る事も無いのでクラウスの顔を観察する。
(意外と整った顔してるんだよね。
多分、普通に里で暮らせてる様な境遇だったらモテたんだろうなぁ)
そんな整った顔を何故冷静に観察出来るかと言えば、幼馴染みの七海理の影響が大きい。
あれを見馴れていると、顔の良し悪しに対する関心が薄くなる。
そのお陰で顔だけの男に騙される様な事はなかったので、そこは彼に感謝している。
だが、逆に多少好みの男に出会っても、理に劣る所ばかり見えてしまって恋心まで発展しない。
そう、私は未だに初恋すらしたことないのだ。
まぁ、天才美少女に釣り合う様な人が少ないのは当然なのだが、別に釣り合わなくても良いから、盲目になれる程の恋をしてみたい。
そんな事を考えていると、クラウスの額が離れた。
漸く調べ終わった様だ。
「それで、私は竜人?それとも人間?」
こういう時は結論から聞くに限る。
そうしないと、訳のわからない説明を挟まれてなかなか結論を教えてもらえないからね。
「それなんだが……」
勿体振るクラウス。
ええい、やめたまえ。一旦CMに行く奴は好きでない!
緊張の一瞬である。
心臓の鼓動の効果音が聞こえてきそうだ。
……あの効果音を聞くと「あんなにゆっくりの脈拍だと瀕死なんじゃないか」とか「寧ろ緊張したら鼓動って速くなるんじゃないか」とか、色々考えてしまうのだが、あれは――っと違う違う。
聞きたい私が引き延ばしてどうするんだ。
「実は……」
遂に、クラウスの口から衝撃の事実が告げられる……!
「……わからなかった」
「えぇ……」
わからないなら、この時間は一体なんだったんだ。
……なんて言ったら、クラウスは「わからない事がわかったのだ」とか言い出しそうだ。
「お前を構成する一部の情報がブラックボックスの様になっていて読み取れなかったんだ」
ブラックボックスって何だ……?飛行機のパーツかなんかだっけ?
……まぁ、いいや。とにかく見えなかったと。
「それって良くある事なの?」
「いや、これが初めてだ」
なんと困った。明ちゃんはそんな所まで特別な人だったとは。
でも、そうなると疑問は尽きないままだ。
「だから、原始的な方法で確認するしかない」
「原始的な方法?」
いったいどんな方法があると言うのか。
今から何か儀式みたいなものを始めたり?
「色んな所に力入れてみろ。鱗とか生えてきたら竜人だ」
「うっわ雑っ!
って言うか竜人ってそうやって変化してたのね」
「まぁ正確には少し違うが、「鱗出ろ~」って考えながら力を込める。
それ以外に表現の仕様がない」
きっと無意識的な事なのだろう。
私だって犬に「二足歩行ってどうやるの?」って聞かれても答えられないし。
仕方がないので片っ端から力を入れてみるとしよう。
――――――
「全然じゃん!」
不貞腐れた私はベッドに大の字で飛び込む。
全身隈無く――指の一つ一つまで試したのに、一切の変化なし!
「まぁ……人間だったって事だな」
だとしたら本当にこれは何の時間だったんだ。
今日は只でさえ疲れていると言うのに。
若干の汗も滲んだのでスカートを扇ごうとした時に気付いた。
(やばっ、ここ部屋じゃないんだった)
普段、自分のベッドがあるのは部屋――つまり一人の空間だった訳で。
いつもの癖で飛び込んだりしていたが、今は自分以外の人も居る訳で。
それに今私が着ているのはワンピースな訳で。
バッと起き上がりクラウスに問う。
「見た?」
「……見ていない」
この間は怪しい。
「何の話かわかるって事は見たんでしょ!」
「……何も見ていないから、見ていないと答えただけだ」
「嘘だ!白い布をその目に焼き付けたんでしょ!」
「いや、あれはどう見ても白じゃ…………あっ」
「やっぱり見てんじゃん!馬鹿!」
私の怒鳴り声が夜の洞窟に木霊した。
未来への届け物。