得意でない事
「……よし、こっちには来てなさそうだ」
クラウスは閉じていた目を開いて、そう宣言した。
今クラウスが行っていたのは『探知』だ。
私達は追われる身だ。今警戒しなければならないのは魔物だけではない。
この『探知』は一定範囲の記録を取る魔法なのだが、これがかなり応用が効くらしい。
狭い屋内なら建物全てを指定してそれを複数回行ったり、広い屋外なら細長く縦方向に指定しそれを角度をずらしながら記録していく。
前者が私の『蜃気動』を見破った方で、後者がこの洞窟を見つけた時に使った方らしい。
クラウスはこれを『探知』として一つの魔法で行っているが、私なら二つの魔法に分ける。
もし私が名付けるなら『連写』と『パノラマ撮影』だろうか。
「なんでクラウスは『探知』に自由度持たせたの?」
応用が効く魔法と言うとそちらの方が便利な気がするが、それは言い換えれば使う時に考える事が多い魔法と言う事だ。
そもそも《名付け》自体が自由度を減らして簡単にに魔法を行使できる様にする行為なのだ。
だから私は原理的にはかなり近い『冷房』と『暖房』も別の魔法として設定している。
「そうだなぁ……俺にはそっちの方が楽だからかな」
「楽?」
「俺は記憶力が良い」
お?何だ、突然の自慢タイムか?
なら天才美少女の明ちゃんが受けて立つぞ?
「――だが、見たもの聞いたもの全てを覚えている訳ではない。
覚えやすい事と、覚えにくい事があるんだ」
ふむ。ちゃんと説明してくれる流れだった様だ。
覚えやすい事と、覚えにくい事。この話を今するってことは――
「つまりクラウスにとっては、魔法の名前は覚えにくい事だから、似たような効果は纏めておきたいって事?」
「そう言う事だな」
かなり意外な答えだ。
クラウスは大抵の事は何でも得意な性格以外は完璧超人みたいなものだと思っていた。
勿論、知らない事は沢山あるだろうが、将棋を教えた時の様に直ぐに何でも覚えて、詰め将棋の問題を作った様に次々発展させていく。そんな人物なのだろうと。
(クラウスも人間なんだなぁ…………って違うわ、龍人だわ)
私がくだらない事を考えつつも感心していると、クラウスは「まぁ尤も」と話を続ける。
「俺は頭の使うのは得意だから、その程度の負担は全く苦じゃないってのもあるが」
あ、これやっぱり自慢タイムだ。
良いだろう。天才美少女様が超人擬き程度捩じ伏せてやらぁ!
「だったら私は――」
ぐぎゅる~
私のお腹の音が盛大に鳴り響いた。
「……飯にするか」
「……うん」
別にクラウスにお腹の音を聞かれたのが初めてと言う訳でもないが「自慢話をするぞ!」と意気込んだ状況だったので、流石にちょっと恥ずかしかった。
――――――
クラウスがマジックバッグから鍋を出してくれる。
中身は熱々のカレーだ。お肉も野菜も沢山入っていて美味しそう。
人参は……入ってない。よし!
お皿に装ってもらったら、芳醇なスパイスの香りが食欲を掻き立てる。
もう我慢出来ないので早速食べちゃう!
「いただきます!……う~ん旨っ!」
クラウスは只でさえ料理が上手なので、疲れてる時に食べると殊更美味しく感じる。
「鹿威しもそう思うでしょ?」
カーン!
クラウスがテーブルや椅子を準備している時に、私は鹿威しの消音パーツを外していたのだ。
ご飯の時は音を鳴らす約束だものね。
「そうかそうか、お前は食べられないんだったな。
ゴロゴロと入った牛肉が最高なのに残念な事だ」
カーン!
「なんで鹿威しと話してるんだ……」
自分の分を装っていたクラウスが半分呆れた様にそう言った。
もう半分は若干引いてる気もする。
(まったく、クラウスはわかってないなぁ……)
「道具ってのはね、語りかけて大事に手入れしていく事で、最高の仕事を長くこなしてくれるものなんだよ。
魔導具職人を名乗るなら、その辺しっかりしな?」
カーン!
鹿威しも肯定する様に首を振り下ろす。
「な、成る程な。一理あるような……ないような……
それにしても、最初は「五月蝿い!」と言ってた割りに随分と気に入ったんだな」
「いや、今でも五月蝿いとは思ってるけどね」
ガーン!
「おい、今なんか音濁らなかったか!?
カーン!じゃなくてガーン!じゃなかったか!?」
クラウスは面白い事を仰る。
語りかけろとは言ったが、魔導具が反応する訳がないじゃないか。
こう言うのは、ごっこ遊びと一緒なのだ。
自分の都合の良い様に解釈して、会話をしている様に振る舞うのだ。
そんな鹿威しがショック受けた時の効果音みたいなもの発するなんて……いや、きっとこれはクラウスなりのごっこ遊びなのだろう。
そうとわかれば乗ってあげようじゃないか。
「音が濁ったなんて、クラウスおじちゃんも酷いわよねぇ?」
カーン!
「おい、これ本当に只の魔導具だよな!?
俺が作った物なのに不安になってきたんだが!?」