慣れない音
洞窟に着いた。今日はここで寝泊りである。
「……無理……あれもう絶対やだ」
明ちゃんはお疲れタイム真っ只中である。
あんなに神経使ったの初めてかもしれない。
クラウスが出してくれた瞬間にベッドにダイブした。
と言うか起きた時点で、再び空を飛べば良かったのでは?
眠くて頭回っていなかった。
明日は絶対に終始『ドラゴンライダー』で行く。
「……取り敢えず、水飲むか?」
クラウスはそう言って、マジックバッグからポットを取り出す。
ベッドと言いポットと言い、こんな状況でもいつも通りがこなせるの本当に便利だ。
私が起き上がって水を飲んでいる間に、クラウスは見たことない道具を設置している。
「……一応聞くけど、それ何?」
いや、見たことないと言うのは語弊がある。
それは、この世界に来てから見たことない道具だ。
それは、日本人なら誰でも知っている道具だが、今出す意味がわからない。
斜めに設置された竹筒。その上からは水が流れ、下では石が待ち構える。
その道具の名は――
「これか?これは《鹿威し》と言う魔導具だ」
やっぱり鹿威しだ。私の見立ては間違っていなかった。
だが、そうだとすれば尚更意味がわからない。
「いや、名前は知ってるんだけど、何に使うの?」
「音で魔物を追い払う道具だ」
……そう言えば鹿威しって害獣追い払う物だったっけか。
和風庭園のお洒落要素くらいにしか思ってなかったわ。
ただ、それで魔物まで追い払えるかと言われれば疑問だ。
「成る程、魔物を追い払える系の音響魔法みたいなものが刻まれてるんだね!」
私の超速理解が答えを導き出した。
流石は天才美少女である。
「いや、下に落ちた水を上に上げる為の空間魔法だけだ」
「なんでだよ!」
これは私の推理の方が真面だろう。
なんでそんな中途半端な所に魔法を使うんだ。
「クラウスの魔導具史上一番頼りないんだけど、大丈夫これ?」
「安心しろ、この下の石はヒヒイロカネと言ってな、叩くと魔物が嫌う音を発するんだ」
言われてみれば、確かに普通の石じゃない。
輝いてこそいないが、その見た目は金色と言って良いだろう。
数十色入った色鉛筆で見たことがある。
クラウスが鹿威しを起動すると、水を注がれた竹筒は傾き、カーン!と小気味好い音が鳴るのだが――
「なんか、鹿威しっぽくない音だなぁ……」
鹿威しの音と言えば、コン!なのだ。
竹の空洞から響くコン!なのだ。
決して、カーン!ではない。
まるで熱い鉄を鍛冶師が打つ様な、リングでの戦いが始まる合図の様な、素人の歌を失格とする時の様な、金属音のカーン!ではないのだ。
「まぁ、竹の音じゃ魔物は逃げないからな」
「それなら仕方ないのだけれど……」
思ってたのと違う音が鳴ると、なんか気持ち悪いものなのだ。
カーン!
魔物を威す音が「俺に任せておけ!」と言わんばかりに響き渡る。
頼りにはなるみたいだから良いんだけどね。
でもなぁ……
――――――
『暖房』をかけつつ、クラウスと今後の事について話し合う。
「クラウス、人間の国ってどれくらいで着く?」
「昔あった国が滅びて放置とかされてなければ、あと一週間程度全力で飛び続けたら着く筈だが……なにせ二千年前の情報だからな。
期待し過ぎない程度でいろよ」
カーン!
「……希望的観測でも結構遠いんだね」
「まぁ、龍の領域自体が人間の国から離す為のものだしな。
遠くて当たり前だ。
近かったら、あんな目立つ結界は直ぐに見つかって大事件だ」
「それもそうだね。って言うか、そんなに遠くて――」
カーン!
「……そんなに遠くて、普通の竜人は一人で辿り着けるの?」
「勿論、竜人は戦闘訓練の他にも、夜営、魔物の解体、食べられる野草の見分け方、その他にも沢山の知識を叩き込まれてる。
十歳の時には実際に領域内の魔物が住む地域で一週間自力で生活する試験もあるくらいだ。
生き残るだけなら余裕だろうさ」
「はえー。タツヤ君もそんなこと出来るん――」
カーン!
「……」
「……」
カーン!
「うるっさい!」
「いや、お前の方が五月蝿いぞ」
失礼、少々取り乱してしまった様だ。
それにしても、あまりにも会話に集中出来ない。
いや、最悪私が我慢すれば会話はギリギリなんとかなるかもしれないが――
「これ聞きながら眠るの無理じゃない?
魔物より快適な睡眠の方が逃げていくよ?」
「まぁ、確かに眠るのには邪魔だな。
この音は好きなんだが仕方ない、消音モードにするか」
「え?音で魔物を追い払ってるんじゃないの?」
音で魔物を追い払うのに、五月蝿いからと音を消したら本末転倒だ。
そうなると、最早只の動く竹だ。鹿威しですらない。
勝手に上下する玩具なら、赤べこ辺りで十分だ。
……いや別に今は赤べこも要らないけれども。
「正確には音は出ているんだがな。
人にはほとんど聞こえない程高い音になるんだ」
そう言ってクラウスは竹筒の端にヒヒイロカネのパーツをセットする。
パーツの分重たくなったのか、先程よりも多くの水を蓄えてから竹は首を振り下ろし、重力に従い勢いよくヒヒイロカネにヒヒイロカネを叩き付ける。
……
不自然な程の静寂が辺りを包む。
本当に聞こえない。モスキート音って奴だろうか。
でもあれは、若い人には聞こえるらしいので、私に聞こえないのはおかしい。
多分それよりももっと高い音だったりするのだろう。
「普段からこれで良いんじゃない?」
「う~ん、俺はあの音好きなんだがなぁ」
私の意見にしょんぼりした様に、鹿威しが頭を垂れる。
いや、只の魔導具に感情などないのだけども。
ボロボロになったぬいぐるみを捨てる時に、その目を見てしまった時のあれである。
……ええい、知らぬ知らぬ!
私は魂もAIも無い無機物にまで感情移入はしない!
――――――
クラウスとの話し合いの結果、ご飯の間くらいは音を出す事にした。
べ、別に鹿威し君の為なんかじゃないんだからね!