許さない鉄壁
(……冷たい)
頬に当たる風によって、少しずつ意識が浮かび上がる。
「……お、やっと起きたか」
重い瞼を少しずつ上げると、クラウスの横顔が目に入る。
(……私はどうしてたんだっけか。
クラウスと喧嘩して、仲直りして……そうだ、結界を抜けて空を飛んで……あ、そこで寝落ちたのか!)
怪我をしてないって事は、クラウスが受け止めてくれたのだろう。
今は、どこか森の中を移動しているみたいだ。
私の魔法を失って飛べなくなったクラウスは、人間態になって私を運んでくれている。所謂お姫様だっこと言う奴だ。
なかなか悪くないが、クラウスが速いので風と揺れが強い。
う~ん、減点。
「重いから早く……あーこう言う言い方は駄目なんだったか?」
失礼な発言を直前で取り止めるクラウス。
私の言ったことをちゃんと覚えてくれている様で感心感心。
「うむ、成長しておるな」
イラッ……
そんな擬音が聞こえそうな程にクラウスの顔が歪んだのだが、明はそれに気が付かない。
「まだ眠いのでもう少し運んでたもれ」
途端に手を放され、私は『ゲート』に落とされる。
『ゲート』の出口は上方向に開けたらしい。
空に落ちると言う感覚はなかなか不思議なものだ。
だが、勿論急に重力の向きが変わった訳ではない。
私は徐々に速度を落とし、ゼロになったところで再び下方向へと加速する。
そして最終的には、クラウスの肩で受け止められる。
高度な技術を使った様だが、要するに私の持ち方を変える為の作業ってだけだ。
そして、新たに変わったこの運び方を私は知っている。
俗に言うお米様だっこと言う奴だ。
何故ヒロインを雑に運ぶ時は、皆この運び方にするのか。
広めた奴は誰だ!運ばれる身にもなれ。結構お腹苦しいんだぞ。
だが、多少の苦しさよりも何よりも――
「ワンピース着てる時にして良い事じゃないって!」
お尻に風がバッサバッサ当たって、捲れ上がらない様に必死に手で抑えつけている。
スカートってだけでも駄目だが、ワンピースともなると油断したら大惨事だ。
私が慌てていると、クラウスは呆れたように溜め息を吐く。
「魔法を使え、魔法を。お前には『フライ』があるだろう?」
……すっかり忘れていた。
スカート云々は『フライ』の時に解決させたのであった。
(よし、今回は魔法の一部として組み込むんじゃなく、スカートを抑える効果単体でやるぞ……)
『鉄壁!』
どんな風も、どんなアングルの視線も許さない、女の子の味方。
その名も『鉄壁』のスカートである。
流石は天才明ちゃん。これでお米様だっこでも安心だ。
「起きたんだから降りて自分で飛べよって話だったんだがな……」
成る程。だが断る。
明ちゃんは疲れたので、もう少し休みたいのだ。
――――――
結局降ろされて、自分で飛ぶ羽目になった。
高速飛行はまだ無理だと言ったのだが……
「右二……左三…………右一で屈め」
目の前のクラウスの指示に合わせて体を上下左右に動かす。
これにより、クラウスと同じ速さで進んでるにも関わらず、一切障害物にぶつからない。
一人で出来ないのならば誰かに助けてもらえば良い。
見えないのなら代わりに見てもらえば良い。
だから、私は指示通り正確に動くだけ。
これならば、もう目を瞑ってても平気
――な訳がない。
(これ……滅茶苦茶厳し――うわっと!)
まず『フライ』でクラウスと同じ速度で動くのが難しい。
高速で動く事までは大した事ではないのだが、完璧に同じ速度を維持し続けるのはかなり神経を使う。
少しでも速度がずれれば、木に引っ掛かってしまう。
更に指示を聞き逃さない為に『フライ』だけでなく『この声よ届け』も併用しているのだ。
お忘れの方も居るかもしれないが――と言うか私がさっきまで忘れていたのだが、魔法とは頭を使うものだ。
二つの魔法を維持しつつ、正確に指示を聞き正確に動く。
わかる?これね、滅茶大変なの!
今も少し遅れて、枝に当たりそうになった。
緊張感が増し、更に神経を磨り減らす。
「ねぇ……休憩しない?」
私の提案に、クラウスはきちんと答えてくれるのだが――
「そうだな――右三、十キロ先に――左一、洞窟を見つけ――右二、たから今日はそこで――右一でジャンプ、休むとするか」
ヤバい、下手に話しかけるんじゃなかった。
難易度爆上がりなんだけど。
結局私は返事の内容を理解できないまま、クラウスが止まるまで飛び続けるのであった。