大きな胃袋
―――サラ視点―――
巫女が居なくなってから、一時間くらい経っただろうか。
神官さんへの報告は団長がすると言うので、アタシ達二人は宴の準備の中断、撤収の手伝いだ。
「う~ん、旨いっす!」
「……食べ過ぎ」
「寧ろもっと食べなきゃっすよ!」
アタシは一心不乱にお皿に盛り付けられた料理を貪る。
……これの何処が手伝いかって?いやっすね~まったく。
いいっすか?時って言うのは不可逆なんすよ。
万物は輝きを放ち、朽ち果てていく。
諸行無常。それが運命ってなもんっすよ。
宴の為に用意された料理は、今が輝いてる真っ最中なんすから、それをしっかりと食すのはアタシの務めに他ならないんす。
「……許可取ったの?」
(ギクッ!)
ウルの鋭い指摘に、箸を持つ手が止まる。
そう。この行為、実は皿に並んだ料理を見つけたアタシの独断だったりする。
「……いや、でも……ほら!確認してる間に料理が冷めちゃうかもしれないっすし……」
「……多少冷めても平気」
「それじゃ料理に失礼っすよ!」
「……既に責任者に失礼」
「うぐぅ……」
ウルの言葉に何も言い返せない。
でも、アタシがやってる事は料理の為に必要な事っす。
こうなったら誰に何と言われようとも、料理を平らげてやるっすよ!
「……お前達、ここに居たのか」
「だっ!だだだ団長!?」
前言撤回。団長に怒られるのだけは勘弁っす。
料理さんごめんなさい、ちょっと冷めてて下さいっす。
「何をしていたんだ?」
「べ、別につまみ食いなんてしてないっすよ?」
「……そう、つまみ食いじゃない」
ここで予想外にもウルが加勢してくれたっすよ!
いやぁ、やっぱ持つべきものは友っすね~。
「……あれは、どか食い」
この野郎めー!
何が友っすか!とんだ裏切り者っすよ!
団長は八割がた空っぽの皿となったテーブルを見回して、納得した様に頷く。
(やばいっす……終わったっす……)
しかし、団長の答えは意外にも寛容なものだった。
「構わん。どうせ誰かが消費せねばならなかったからな」
おぉー!
団長はやっぱり最高の御方っすよ!
料理に対しても理解が深い!
「ほれほれ、団長もこう言ってるすよ?
やっぱアタシは間違ってなかったっす。
ウルも理解出来たっすか?」
「……チッ!」
(ぷぷぷ。舌打ちとは下品っす)
裏切ったのが裏目に出たウルが愉快で仕方ない。
アタシは調子に乗って、嫉妬してるウルに語り続ける。
「やっぱり、料理に向き合う姿勢?が大事なんすよね。
態々許可を求めるよりも、料理が――」
「ほう。許可を取っていないのか……」
(あ、不味ったっす。これ逆鱗っすね~……)
団長の纏う空気が変わり、一気に背筋が冷たくなる。
魔法を使われた訳でもないのに震えが止まらない。
クールウルフの冷気魔法の方が余程暖かみを感じる。
「……許可は大事。サラも理解出来た?」
形勢が逆転した途端煽ってくるウル。
そんなウルにアタシは睨む事しか出来ない。
(調子に乗ると痛い目を見るっすからね!)
そんなアタシ達を見て団長は溜め息を吐く
「これでは先が思いやられるな。
何故よりにもよって、この二人になってしまったのだ……」
何の話かわからないので、アタシとウルは顔を見合わせ首を傾げる。
「お前達は里の外へ巫女達を探しに行くことになった」
「え?あの巫女の話を本気にしたんすか?」
アタシとしては当然の意見だ。何故なら結界はそう簡単に抜けれるものじゃない。
だと言うのに、何故か団長に睨まれる。
なんだか今日は一段と怒りっぽい。
「……フッ。自業自得」
小声で笑うウルの声が聞こえた。
(ムキー!腹立たしいっす!)
「……本気も本気だ。重要な任務と心得よ。
旅の為に、マジックバッグを騎士団から貸し出す。
くれぐれも失くすなよ」
マジックバッグ。それは研究者が作った魔導具で、倒した魔物の素材を回収する時に使っている袋。
騎士団でも三つしかない貴重なものを貸し出すなんて、団長はこの任務に本気なのは言葉だけではない事がわかる。
「料理を腐らせずに保存出来るこの袋欲しかったんすよ!
食べ物沢山持っていくっす!」
「……馬鹿。巫女を捕縛する道具が重要」
「馬鹿はそっちっす!
食べ物がなきゃ生きれないんすよ!」
「……目的理解してる?」
「そっちこそ!」
アタシ達はいつも通りの言い争いをしつつも準備を進める。
「……はぁ、本当に心配だ」
クラウディアの心から漏れた言葉は誰にも届かずに消えていった。