繋いだもの
―――クラウディア視点―――
私は今、全速力で里に戻っている。奴等の挑発に腹を立てている暇などない。
巫女のする事がわかったのだ。
領域からは基本的に出られない。だが絶対ではない。
(普段面倒を見ている子供、あいつなら……)
目的の家に着くと、ノックもせずに扉を開け放つ。
そこには、驚き固まる子供が一人。
「タツヤ!」
それは里で唯一の竜人、結界を通り抜けれる者。
「な、何でしょう?
自主トレのメニューは全てこなしましたけど……」
私の怒声に怯えているが、その理由に見当はついていない様だ。
まだ接触していないのか?
だとしたら迂闊にも程がある。
「巫女は何処だ!」
私が巫女と言った瞬間、タツヤの眉毛が僅かに動いた。
こいつは非常にわかりやすい。
以前も訓練を休むと言った時に、何か企んでいるのが丸わかりだった。
尤も、軽く尾行してタツロウ殿に報告したたけなので、実際に何をしていたかまでは知らないが。
「やはり貴様が外へ逃がしたのか!」
あの反応が答えだ。巫女と知り合いなのは間違いない。
私が胸倉を掴み上げると、タツヤは必死に反論する。
「ちょっ!待って下さい!
外へ逃がしたって何の話ですか!?」
今度は本当に状況を理解していない様だ。
奴等はタツヤと接触したのか?していないのか?
私の二つの問いで反応が別れる理由がわからない。
「お前が巫女とクラウスに協力して外へ逃がしたんじゃないのか?」
今度の問いには直ぐに答えず、タツヤは少し逡巡してから口を開いた。
「……もう隠しても仕方なさそうなので言いますが、お二人と知り合いなのは事実です」
予想通りではあるが、同時に失望する答えだ。
(こいつはタツロウと同じで里の掟を何よりも重視すると思っていたのだがな)
「ですが、流石に掟を破ってまで結界の外に出す様な事はしません」
「しかし、巫女を見つけたのに里に連れて来なかっただろう」
巫女を里に連れてくる使命があるのは、成人前でも変わらない。
成人まで領域を出ないのは、飽くまでも慣習なのだ。
だが、それに対してもタツヤは毅然とした態度で返してくる。
「領域内の巫女を連れてこいって掟はありませんよね?」
タツヤの言っていることは間違っていない。
そもそも領域に巫女が居ると言う事態が異常なのだ。そんな異常にまで掟が対応している訳がない。
だが、その屁理屈染みた言葉は、まるでクラウスの様で不快だ。
しかし、これでタツヤが奴等に手を貸している線は潰えた。
「タツヤを使わないならば巫女はどうやって……」
私の疑問に答えられる者はここには居ない。
―――明視点―――
クラウスが『ゲート』を閉じたので、私も『蜃気動』を解除する。
作戦の下準備は完璧だ。後はもう実行するだけ。
「それで?自信満々だが、まだ肝心の結界を抜ける方法だけは聞いてないぞ」
そう言いながらクラウスは結界を叩く。
白くて薄い靄みたいな結界だが、クラウスの手を確りと弾いている。
龍人が普通に通れない事に間違いはない様だ。
私達は今、領域の端に居る。
クラウディアと待ち合わせした場所からは、全速力で飛んでも一時間はかかる。
しかし、逆に一時間あれば見つかる可能性もある。
さっさとこんな所とはおさらばしなくては。
と言う訳で、私は早速語り始める。
「クラウス君、領域の外へ出るのを許された存在は?」
「そりゃ、竜人だけだろ」
「ノンノン、女神様は何て言った?
もっと正確に言ってみ」
「それは……『龍と人との絆の証』だな」
そう『龍と人との絆の証』。この表現がずっと気になっていたのだ。
「なんで態々そんな回りくどい表現したんだと思う?」
「知らんが……女神の趣味とかか?」
趣味。勿論その可能性もあるが、今は考えないでおこう。
「簡単に『子』と言えば良いのに『絆の証』と表現する。
絆、それ則ち結び付き。その多くの場合は心の結び付きを表す。
だがしかし、子供なんて別に心が離れててもできるのだよ。
だから私は考えたのだ!
必要なのは精神的なものではなく、物理的な結び付きなのではないかと!」
竜人は龍と人の遺伝子の結び付きだ。
遺伝子の結び付きしか通しませんと言われると困るので、これも一端考えないものとする。
だからこその物理的と言う表現だ。
「つまり……何が言いたい?」
よくぞ聞いてくれた。
今こそ私の名推理の結果を披露する時!
閉ざされた結界の謎。それに対する答えは!
「手を繋いで行けば通れると思う!」
「いや、そこは断言しろよ!」
「まだ試してないから、わかんないもん!」
仕方ないのだ。
だって女神が確たる証拠を残していないのだから。
完全犯罪にござるよ。警察犬もお手上げだわん。
「え?待て待て待て。
もしかしてお前、その三歳児みたいな案だけでここまでやらかしたのか?」
「そう……なる、かな?」
「かな?じゃねぇよ!どこから来てたんだよ最初の自信!
ハッタリの天才かよ!虚勢だけで国獲れるわ!」
「天才だなんて……そうだけど」
「そこだけ切り取るな!褒めてないんだよ!」
クラウスの怒濤のツッコミが火を吹くぜ。
ふぅ。巫山戯るのもこの辺にしておこうかな。
「でも、実際誰も試した事ないでしょ?」
「確かにそうだが……」
それは当然である。だってこの領域に人間は今まで居なかったんだもの。
試したくても試せないのだ。
「誰も試していないなら、竜人しか通れないって言うのも思い込みの可能性あるんじゃないの?」
「思い込み……そうか、もしそうだとしたら……」
「私はこれで結界を通り抜けれると思う。
……ううん、絶対に通ってみせる!」
私の強い決意のこもった瞳を見て、クラウスも意を――ってあれ?見てないし。全然私を見ずに自分の考えに没頭してるし!
暫く俯いて考えていたクラウスだったが、やっと結論が出たのか顔を上げる
「……試すだけならタダだしな。取り敢えずやってみるか」
そう言ってクラウスは手を差し出してくる。
私は笑顔でそれに答える。
伝わってくる手の温もりが、私に力を与えてくれる。
「それじゃ行こっか!」
「あぁ」
私達は顔を見合わせて頷き、前を向く。
繋いだ手を強く握り、ゆっくりと歩き出した。