誤ったなら、謝らないなら
少し長めです。
「……お前意外といい性格してるよな」
俺は自分の尻を摩りつつ、隣で仁王立ちしてる奴を見る。
こいつが姉貴に対して準備した一種の意趣返しには正直少し驚いた。
「明ちゃんは別に説法を説くだけの坊主ではないのだよ。
それに、全く必要ない事って訳でもないし」
『義翼』の時と言い今回と言い、実はそんなに馬鹿ではないのかもしれない、と評価を見直す。
「クラウスも大丈夫なんだよね?」
「あぁ、数日で元通りだ」
もうすぐ姉貴がやって来る時間だ。
こいつの閃きの行く末に、俺は期待と不安の入り交じった溜め息を吐いた。
―――クラウディア視点―――
約束の地へと向かう最中、私は供の二人に指示を出す。
「着いたらお前達は黙っていろ。先程の様な野次を飛ばされても邪魔なだけだ」
「……了解」
「は~いっす」
やる気の感じられない問題児達だが、指示だけはきちんと守るので除隊もさせられない。
こいつらに加えて巫女と言う悩みの種が増えた事で、私は深く溜め息を吐く。
私達三人が再び辿り着くと、既に巫女とクラウスが待っていた。
子供の頃クラウスが里を飛び出して以来の再会だが、互いに喜びはない。
「蜥蜴も来るとは意外だな。巫女の見送りか?」
「そのつもりだったんだがな……」
クラウスの返事は歯切れが悪い。
私が訝しげに思っていると、巫女が一歩踏み出してくる。
「まずクラウディア、さっきは偉そうな事言ってごめんなさい」
突然謝り出す巫女。訳がわからない。
先程の傲慢な態度も、最初の丁寧な対応とも違う。
巫女の本性や本心がわからなくなり、私は戸惑う。
(なんなんだこの人間は。気でも狂っているのか?)
そんな私の反応など目に入っていないかの様に、巫女は話し始める。
「ああでもしないと、一度帰らせてもらえないと思って……
だから、私の我が儘で振り回しちゃって、ごめんなさい!」
クラウスの所へ帰りたかったと言う巫女の言葉で、私も少し落ち着きを取り戻す。
(読めてきたぞ。巫女は領域に来てから一月の間全く里に顔を出さなかった。クラウスに里の話を色々聞いたのだろうな。
一度帰ったのは、里長との婚姻が嫌で、それを避ける為に援軍を呼びに行ったと言ったところか)
「ほう、蜥蜴を呼んだという事は何か姑息な作戦でも考えているのか?」
態々私に謝ってくるのだ。巫女は腹芸が得意なタイプではないと見て、私も正面から問いかける。
昔からクラウスは正々堂々と戦わない。小狡い手で騎士道を馬鹿にした様な戦い方をする。
だが私は鍛えに鍛えて正面からそれを捩じ伏せてきた。
だからこの二人が今回何を企んでいようと同じことだ。
だが、私の推察に巫女は首を横に振る。
「違うの。謝る時間が欲しかったの」
「謝る?」
「クラウスに……蜥蜴と言った事を」
その衝撃的な言葉に私は目を見開いた。
(驚いたな。まさか一度「蜥蜴」と呼んだ者を許したと言うのか?)
龍人を「蜥蜴」と呼ぶのは最大の侮辱だ。後でどれだけ謝罪しようと到底許せるものではない。
私とて、それを理解した上でクラウスに対して使っている。
仮に巫女がそれを知らずに使っていたとしても、それは関係のない事だ。
そして巫女の次の言葉に、私は更に驚く事となる。
「だから、次は貴女がクラウスに謝って」
「……謝れば許すとクラウスが言ったのか?」
そうだとしたら、謝罪ではなく寧ろ叱責すべきである。
「蜥蜴」と呼んだ者を謝罪程度で許すなど、龍人の品位を著しく傷付ける行為だ。
「言ってないよ。でもそんな事は関係無い。
貴女は酷い事を言ったのだから謝るのは当然だよ」
先程から巫女の言葉には驚かされ続ける。
常識が違い過ぎて頭痛がしてくる。
「解せんな。私は自分の発言が間違っていると思った事はない。
自分の発言を酷いと思った事も、謝罪が必要だと感じた事もない。
こいつは飛べないだけでなく、逃げだしたのだ。それは蜥蜴と呼ぶに相応し――」
「まず、逃げる事の何が悪いの?」
純粋に疑問に思っている様子の巫女を見ていると、頭痛が酷くなってくる。
(人間と言う種族はこうも愚かなのか。
この程度の事を一々説明してやらねばならないとは)
「……いいか?それは龍人としての矜持がだな――」
「矜持って何?」
「プライドみたいなもんだ」
又も私の話を遮る巫女、流れる様にそれに答えるクラウス。
なんだ?この巫女はいつもこの調子なのか?
「あぁ、プライドね!最初からそう言えば良いのに……いい?プライドってのはね、人に押し付けるもんじゃないの!
自分が自分らしく、かっこ良くあるためのものなの!」
「知ったような事をっ……!」
矜持の意味さえ知らなかった癖に、私に説教をする巫女。
(幾ら巫女とは言え、これ以上の狼藉は……いや落ち着け)
危うく怒りで目的を見失う所だった。
私はこいつを里に連れていくだけで良いのだ。そもそも問答など不要だったのだ。
それすら忘れていたとは、巫女のペースに飲まれて冷静さを欠いていた。
「まぁいい、話なら後で幾らでも聞いてやる。とにかく来い」
(里長に渡せば、私が相手をする機会など無いだろうがな)
巫女の手を強引に掴もうとするが、私の手は何故か巫女の体をすり抜ける。
予想外の事に一瞬戸惑ったが、直ぐに答えに辿り着く。
「……まさか幻影魔法か!?」
(空気魔法の他にまだそんな厄介な魔法を持っていたとは)
そんな私の驚きが嬉しかったのか、巫女は自慢する様な腹立たしい笑みを浮かべて語り出す。
「ふっふっふ。違うのだよ、クラウディア君。
私の『蜃気動』は立派な空気魔法なのだよ」
「おい、手の内は秘密にするんじゃなかったのか?」
「あ、しまった!」
巫女の魔法の腕前には驚いた。まさか、空気魔法で幻影魔法の真似事ができるとは。
だが、それよりも気になるのは、二人の親密さだ。
巫女が単に婚姻自体を嫌がっているのか、他の相手との婚姻を望んでいるのかで、事態の厄介さは大きく変わってくる。
熟嫌になる。この巫女はどれだけの面倒事を運んでくるのだ。
「それで、貴女は結局謝るの?謝らないの?」
「謝る理由はないと言っているだろう」
「貴女がクラウスに謝れる様な人だったら、大人しく里に行こうと思ってたんだけどね」
まるで呆れた様に溜め息を吐く巫女。その余裕ぶったその態度が、より私の神経を逆撫でする。
だが、ここまで余裕があると言うことは、恐らくこの近くに本体は居ないのであろう
「幻が使えるからと図に乗るな。
広いとは言え閉ざされた領域だからな。多少時間はかかろうとも必ず見つけ出すぞ!」
この言葉は虚勢ではない。
戦闘寄りな分状況的に不利とは言え、龍人にも優秀な魔法使いは沢山居る。
その者達を動員すれば、直に見つける事も出来るだろう。
だが、それでも巫女の余裕は崩れない。
それどころか、本日最も衝撃的な宣言を返してくるのだった。
「そう言うと思ったので、領域の外に出る事にしました」
「「「……は?」」」
余りにも突拍子もない事を言い出すので、私だけでなく黙って聞いていたウルとサラまで揃って、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「さぁ追っ手でもなんでも寄越してみなさい。
こっちは逃げる事には定評あるんだから!」
その挑発的な言葉を最後に、巫女とクラウスの幻が消える。
残されたのは呆然と立ち尽くす私達と――
赤い蜥蜴の尻尾だけだった。