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空気が読めない空気魔法使い  作者: 西獅子氏
第一章 龍の領域編
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時は戻らないから

 ―――クラウス視点―――


「……ノック……だよな?」


 誰も訪れない筈の我が家で、今まで一度も無かった事態だ。

 それ故に余りにも信じられない。


「……いや、もしかしたら風かもしれない」


 扉を向いて、静かに待機だ。

 すると、再び扉を叩く音がする。


 恐る恐る扉を開けてみると、あいつが立っていた。


 こいつはテイラーの家に向かった筈だ。

 あれだけ冷たく追い出されたのに、帰ってくる理由がわからない。


「お前なんで帰ってきた?」


「…………はぁ……ぁゃば……はぁ……だぎぇ」


 どれだけ急いで自転車を漕いでたのだろうか、息も絶え絶えだ。

 何を言いたいのかさっぱりわからない。


「とりあけず、水でも飲んで落ち着け」


 マジックバッグからポットの魔導具とコップを取り出して渡す。

 注いでは飲み干し、注いでは飲み干しを繰り返している。


(……追い出す時に飲み物も渡しておくべきだったな)


 そんな反省をしていると、七杯程飲んだところで漸く落ち着いた様だ。

 だが口を開こうとするのを、俺が人差し指を立てて制する。


「汗も凄いから、先にシャワーを浴びろ」


 通り雨にでも逢ったかの様に、全身びしょ濡れだ。

 このままでは風邪を引く。



 ゆっくり湯船にでも浸かれば良いものを、何かに追い立てられる様に、服を着たままシャワーを浴び、『ドライヤー』と『スチームアイロン』で乱暴に身形を調えている。



「それで、どうしたんだ?」


 俺は真っ直ぐに目を見て尋ねる。


「酷いこと言ってごめんなさい!」


 真摯に謝る姿は、初めて会った日と同じだ。


 正直、最初の全く聞き取れない言葉の時点でわかっていた。

 言葉になっていなくても、それくらいの事は伝わる程には短くとも濃い時間を共にしてきた。


 だから、俺も伝えたかった事を正直に伝える。


「俺もすまなかった。

 ……ただ正直、まだ何が悪かったのかは理解していない」


 俺の言葉に驚き目を見開く。

 其れ程までに、こいつにとって()()()()の事だったのだろう。


「体重とか……人が気にしてる事を言うのは駄目だよ」


 その台詞に、今度は俺が驚く。


「あれで気にしていたのか?

 ……あ!いや、すまん。煽ってる訳じゃないんだが……」


 今日は珍しく俺ではなく、こいつが頭を抱えている。


「あんまり他人と関わらずに生きてきたんだもんね。

 ……取り敢えず、他人に身体的な話はしない方が良いよ」


「成る程、肝に命じておく」


 自分では常識がある方だと思っていたが、まだまだの様だ。


「……って言うか、人が気にしてる事を言ったのは私もだよね。本当にごめんなさい。

 ……それに、()()()()がそんな意味を持ってるなんて知らなくて……」


「もう気にするな。お互いに謝ったんだから、それで良いだろう」


 あの言葉――蜥蜴の意味を知ったのだろう。

 俺はこいつが知らない事なんてわかっていた筈なのに……あの時は冷静さを欠いていた。


「それはテイラーに聞いたのか?

 それにしては戻るのが早い様に思うが……」


 単なる雑談のつもりだったが、ここで俺には予想外の名前が飛び出す。


「行く途中で、クラウディアに会ったの」


 よりにもよって一番聞きたくない名前だ。

 周りの空気が途端に冷たくなった様に感じる。


「里に行かなきゃいけなくなっちやって、時間になったら会った場所にまた迎えに来るの」


 それで急いでいたのか。それは……もうどうしようもないな。

 寧ろ、よく一度帰ってこれたものだと感心する。


「わかった。そこまでは俺が『ゲート』で送っていこう」


 俺も一応龍人だから、歓迎こそされないが里に入るのは自由だ。

 でも里長と婚姻する事になるこいつと、いつまでも一緒に居る訳にはいかない。



 別れる時が来たんだ。


(こんな事なら「出ていけ」なんて言うんじゃなかった……)


 どんなに後悔しても、時は戻ってはくれない。


 こいつが細かい経緯を説明しているが、ほとんど耳に入ってこない。

 ただ「女神の神託で」と言う言葉だけははっきりと聞き取れた。


(また姉貴……また女神……)


 自分が嫌な思いをする時には、いつもその名前が出てくる。

 いや、姉貴はともかく、流石に女神が自分に害意を持っているとは思っていない。

 でも五歳の時の神託がきっかけで虐められる様になり、結界のせいで出られず、今度は態々二千年ぶりの神託でこいつに姉貴を送りつけてきた。

 害意の有無に関わらず、嫌いになるには充分だろう。



 いや、今はこんな後ろ向きな考えをしている暇はないな。

 こいつと過ごせる時間はもう僅かだ。



(短い時間で何か思い出に残る様な事を考えなきゃな)



 これが、俺がこいつと過ごした最後の日




 ――になる筈だった。




「あ、私閃いちゃった!」



 突然、いつも以上に元気な声が響いた。

 後で里に行かなければならないと言うのに、今更何を閃くと言うのか。



「クラウスも一緒に行けば良いんだ!」


「……は?」




 このたった一つの閃きが切欠で、多くの者の運命が大きく変わる事となる。

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