伝えなきゃいけない
(里の龍人……)
研究者は群れないと聞いてるし、まず間違いないだろう。
だが、ここには頼れるクラウスもテイラーも居ない。
最早これは詰みでは?
(……いや、まだだ!
タツヤの時も結局なんとかなったし、研究者に優しい様な人なら希望はまだ――)
「巫女殿だな。御無事の様で何より。
私はクラウディア。里では騎士団長を務めている」
クラウディアさんは真っ直ぐの背筋のまま、綺麗な御辞儀を披露する。
赤い長髪が動きに合わせて流れる様はとても優雅なのだけれど、私はそれどころではない。
(終わったーー!)
私は頭を抱えて蹲りたくなる衝動に駆られる。
(正体バレてる。頭固そう。里の中心人物臭い。
里長と婚姻エンドまっしぐらだよ!
ふわっとした出会いの後に『その後二人は幸せに暮らしましたとさ』ってナレーションで終わる奴だよ!)
「ひ、人違いでは?」
私なりに必死に誤魔化す。
しかし、それは無駄な足掻きだった。
「いや、間違いない。
女神様より御言葉を賜った今日この日に、偶然部外者が居る事などあり得ないだろう」
(女神様も余計な事を……)
私が対応に迷ってる間にも、クラウディアさんは話を進めていく。
「だが、早くに見つかって良かった。
……そうだ、お前達も巫女殿に挨拶をしろ」
「……ウル」
「サラっす!初めましてっす!」
「あ、どうも初めまして」
二人の龍も名乗ってくれたので、挨拶を交わす。
青い方がウルさん、黄色い方がサラさんと言うらしい。
龍の色で覚えちゃったから、これ人間態の時に会ってもわからないだろうなぁ。
「巫女殿はいつ頃こちらに召喚されたんだ?」
「そうですね……一ヶ月程前だと思います」
「一ヶ月もこの森で!?
……今までどうやって生活していたか聞いても?」
当然そんな反応になるだろう。
何故なら今の私は、綺麗な服に健康的な体。
森でサバイバルしてる人間のそれじゃない。
だが、ここで素直に「クラウスに世話になった」と言うと、クラウスを里の人と関わらせる事にもなりかねない。
なんとかその辺を暈しつつ説明をしなければ……
「……偶然出会った人に助けて頂いて」
ちゃんと事実なのに、なんだか童話に出てくる動物みたいな事になってしまった。
クラウスにちゃんと恩返ししないといけないね。
だがクラウディアさんは、自転車を見ると頷き――
「その道具……成る程。出会った人と言うのはクラウスか」
……即バレた。
今日はもう駄目かもしれない。何もかも上手く出来ない。
ノー天才美少女デーかもしれない。
「……クラウスの事ご存知なんですね」
「この領域で知らぬ顔は無いさ。
それに……不本意ながら、奴は私の弟だからな」
(クラウスのお姉さん……)
その言葉で私の警戒心が数段階高まる。
クラウスが「大嫌い」と言っていた人。クラウスを散々馬鹿にしてきた人。
(クラウスとこの人は会わせない様にしなきゃ)
それは私の正義感が訴えた思い。
クラウスを守る。いつのまにかそんな考えで一杯だった。
続くクラウディアの言葉を聞くまで、私は自分が何をしたのか、何故今こんな所に居るのか、すっかり抜けていた。
「それにしても、蜥蜴でも役に立つ事があるのだな」
それは、私がクラウスに浴びせた言葉。
それは、異様な程にクラウスを怒らせた言葉。
クラウスと一緒に過ごしてきて、彼をわかったつもりでいた。
その優しさも、賢さも、傷も……
だが、本当にわかって居たのだろうか?
そんな疑問を込めた私の言葉に、クラウディアはクラウスを彷彿とさせる程に丁寧に教えてくれる。
「蜥蜴って……」
「あぁ、クラウスの事だ。龍人にとっては最大の侮辱の言葉だな。
龍なのに飛べず訓練からも里からも逃げ出す。
そんな奴にはぴったりの呼名だろう?
……と言いたい所だが、逃げる時に尻尾は置いていかなかったな。実に惜しい」
そう言ってクラウディアは小さく笑う。
私はクラウスの言う「馬鹿にされた」を言葉通り受け取っていた。
いや、正確には私が「空気が読めない」「常識がない」と馬鹿にされたのと同じだと思っていた。
私にそう言うことを言う人は、大小あれど私が失敗して迷惑をかけた人達だった。
私の身近な人――両親や幼なじみは、失敗ばかりの私を見限らずにいてくれた。
だが、クラウスは何も悪いことをしていないのに、身近な姉に罵倒され続けていた。
私はそれを知っていた筈なのに、きちんと理解できたのは今更だ。
(出ていけって言われるのも当然だよね)
そんな私の思考を知る筈もないクラウディアは手を差し出してくる。
「おっと、こんな所で立ち話を続けても仕方ないな。
さぁ巫女殿、一緒に里に行こう」
私に対しては悪意や侮蔑の意思は余り感じない。
私が巫女だからだろうか。私が空気魔法使いだからだろうか。
だとしたら、私は里でクラウス程は嫌な思いをしないだろう。
しかし――
(駄目だ。このままで良い訳がない!)
このまま付いて行けば婚姻だのなんだので、クラウスと会う機会はまず無いだろう。
仮にあったとしても、不必要に里の人――主にクラウディアと会わせる事になる。
クラウスが許してくれるかはわからない。
それでも私はクラウスに謝りたい。
もしかしたら今より辛い気持ちになるかもしれない。
それでも謝りたい。
この場を切り抜けてクラウスに会う。
それが私に残された唯一の道。
それ為に……私が出来る事は一つだ。
私は差し出された手を強く弾く。
驚くクラウディアに対して言い放つ。
(私が出来る事、それは――)
「気安く触らないで頂けるかしら?」
それは私の得意な、お嬢様モードだ。